十勝に移住した人を「十勝移住物語」として紹介します。「十勝の地域おこし協力隊は100人以上いるのに、ネットワークはない。色々調べていくうちにこれはやっぱ必要だな」。着任早々のそう感じた池田町の地域おこし協力隊の鈴木龍太郎さん。着任して10ヶ月後の2023年2月に、十勝の地域おこし協力隊の人々が“ゆるく”つながれるようなネットワークを作りました。そんな“行動派”の鈴木さんが十勝・池田町にやってくるまでには壮絶な道のりがありました。
池田町地域おこし協力隊 | 千葉県松戸市出身。大学卒業後、新卒でタクシー運転手となり、その後は、超体育会系ブラック企業から夜逃げ同然で逃げ出したり、20代後半には飲食業店長で長時間労働し酒に溺れ、東日本震災後に復興支援で東北へ行くも、入社した社長が失踪し、会社が倒産。医療機関で薬剤師の補助業務従事し落ち着いたかと思ったらコロナ禍突入。壮絶な経験を経て、『できること』より『やりたいこと』と一念発起。2022年6月に池田町に移住。現在に至る。
2022年6月から十勝・池田町で地域おこし協力隊として働いてきた鈴木龍太郎さん。しかし彼の出身は東京で育ちは千葉県、これまで北海道とは縁のない半生を送ってきていました。
そんな彼が、池田町にやってきたのにはどんな背景があったのでしょう。そして、鈴木さんはどんな道のりをたどってきたのでしょうか。そこには、ユニークとも壮絶ともいえるような、彼独特の興味深い遍歴があるのでした。
東京の江戸川区で生まれた鈴木さんは、5歳のときに千葉県に引っ越し、大学のキャンパスは群馬県と、多感な時期を首都圏で過ごしてきていました。
鈴木さんが、大学卒業後に選んだ職業は、なんとタクシー運転手。新卒でタクシー運転手に就く人はなかなかいないのではないでしょうか。なぜ鈴木さんはそのような道を選んだのでしょう。
鈴木さんは、当時について「大学3年生のときに、島根県でインターンシップに参加したんです。インターンシップ先が、旅館経営をしながら、地域貢献活動を行う会社でした。その際に将来的に起業したいと考えるようになり、資金集めの手段としてタクシー運転手を選んだんです」と振り返ります。
この島根での経験が、地域活動への素養として培われたそう。
そして、大学生のときのひと夏の体験こそが現在の鈴木さんの「したいこと」を形作るのに役立たれていると言います。
ところが、運転に自信のなかったことが原因で、タクシー運転手を辞めてしまう鈴木さん。
次に、足を踏みれたが訪問営業の仕事でした。
「この会社が超のつくほどのいわゆるブラック企業で、記事にはできないようなさまざまなことがありましたよ。最後は会社の寮から夜逃げ同然で飛び出すことに繋がるほどです」(鈴木さん)
夜逃げ屋となった鈴木さん。
その後は、飲食店店長や別の営業の仕事などなど転々としたのち、東日本大震災が起こります。
その直後に、仙台の会社の社長にスカウトされ、復興支援の志からそこで働くことになります。
ところが……。
鈴木さんの人生にサプライズはつきもの。
今度の事件は、自身が起こしたトラックの単独事故後に発生します。
「不幸中の幸いか、奇跡的に全くの無傷だったんです。その時に『あ、俺生かされている。死んじゃいけないんだ』と自分の心の中でそう感じたんです。しかし、ホッとしたのも束の間。事故後の事後処理中に社長が失踪。会社のお金を使い込んでいたことが判明し、事故による取引先への金銭問題など棚上げされ、最後は残っている社員の私にまで影響が及ぶ大問題に発展したんですよ」(鈴木さん)
壮絶な経験を繰り返してきた鈴木さんにも、少しだけ春の兆しがみえはじめます。
「東京に戻り、薬局勤務の仕事を就いたのですが、すぐに仕事ぶりが認められて病院勤務に移ることになったんですが……」
もう一度、言います。鈴木さんの人生にはサプライズがつきもの。
ようやく、順風満帆に行きかけた鈴木さんの社会人人生でしが、新型コロナの流行で病院勤務の話は立ち消えになります。
「社会人となり10年と少し、都会から離れようと地方移住することを決めました」(鈴木さん)
どうして首都圏から池田町に?地方移住を決意した時に考えたのが「大好きな日本酒やワインなどお酒に関われる場所にしよう」でした。日本酒であれば福島県、ワインであれば長野県、そして3番目の候補にしたのが北海道です。
好きなことに携われる地域を決めたあとは、好きなことに携われる仕事でした。そんな時に目に入ったのが、地方移住の王道「地域おこし協力隊」という職種でした。
そうして足を運んだのが、全国の自治体が集まる「移住フェア」。
鈴木さんは「北海道だったら日本酒のまち、上川町や下川町かな」と心踊らせながら、向かったところ、出会いは唐突でした。
「大好きな大泉洋さんの伝説の番組である水曜どうでしょうでみた池田町のブースが目に入ったんです。しかも、池田町はワインのまち。しかも、池田町の募集はフリーミッション。つまり自由裁量だったんです」(鈴木さん)
前述した通り、鈴木さんはもともと、起業してソーシャルビジネスなどを立ち上げることに興味があったので、まさに魚心あれば水心。縁を感じた鈴木さんは応募し、無事2022年6月から北海道池田町で働き始めることになりました。
池田町で地域おこし協力隊として、念願の田舎暮らしを始めた鈴木さん。しかし、フリーミッションということで最初は何をしていいかわからず資料とにらめっこの日々が続きました。そんな中、転機が訪れたのは8月です。
「同じ池田町のブドウ栽培の協力隊が、同じ年の4月から働いていまして。そこの畑に手伝いに行った時に、ここの畑でワイン飲みながら収穫とか、そういうのできたらいいよねと。色々調べていくと、町民の収穫体験はあっても、収穫してからランチを食べてもらったり、ワインを飲んでもらったりというはなかったんです。それで、じゃあ、ちょっとやってみようということになって。急ごしらえで2022年10月に、秋のブドウ収穫と、畑でランチ会というのを開催したんです」(鈴木さん)
このイベントが話題となり、鈴木さんは一年目にして、十勝・帯広で行われた「ほっかいどうチャレンジピッチ」に地域おこし協力隊として活動報告をすることになりました。そこで、現在とかちネットワークの副代表を務める広尾町の地域おこし協力隊の磯野さんと出会います。「話すうちに協力隊同士でつながれるネットワークがない、という共通意識で一致。すぐに我々で作ろう!となったんです」(鈴木さん)
行動はチャンスを呼び込むもの。
2022年12月に札幌で行われた全道研修交流会で、留萌の協力隊ネットワークの事例紹介に触発されます。
皆が驚嘆したのは、十勝にはなんと100人以上の協力隊が存在することでした。
「それなのにネットワークは存在しない」
鈴木さんと磯野さん、他の協力者らは正式にネットワーク発足に向け動きだしました。
立ち上げ直前には、帯広市の地域おこし協力隊の工藤陽司さんが加わり、コアメンバー3人が揃い踏み。
2023年5月、十勝管内の現役の地域おこし協力隊で構成する「とかち地域おこし協力隊ネットワーク(TCN)」が正式に発足しました。
TCNは、それぞれの協力隊にそれぞれの業務や事情の違いがあることを鑑みて、メンバー全員にコミットメントを求めるのではなく、「ゆるいつながり」をつくることが方向づけられています。
TCN発足を加速させた理由はもう一つありました。
現職、鈴木直道北海道知事の再選です。
「鈴木知事は地域おこし協力隊に好意的なこともあり、毎年、北海道内で1000人前後の募集をするんです。再選後は、『協力隊という巨力な人材網をもっと活用していこう。ネットワークをつくってほしい』と話していたほどで、我々にとって再選は大きな追い風となりました」(鈴木さん)
現在、鈴木さんは池田町での地域おこし協力隊と並行し、道内各地の協力隊と連携をとりながら、全道での協力隊ネットワークの方でも代表幹事として前面に立っていくこととなったのです。
現在(2023年8月10日)、「とかち地域おこし協力隊ネットワーク(TCN)」は13人にまで広がります。
目下、TCNが力を注ぐのは、「関係人口の増加」です。関係人口とはいわばその町のファンの人たちのこと。
移住や定住人口だとこの先、地方の間で奪い合いになっていってしまうでしょう。しかし、関係人口であれば際限なく増やしていくことができます。池田町をはじめとする道内の市町村は、観光を売りにしているところが多くあります。全道でのネットワークをつくることで、道全体で関係人口づくりに向けて協力していくことができるのではないでしょうか。
短いインタビューでしたが、鈴木さんの生い立ちから現在の取り組みまで、明快にお伝えすることができたでしょう。今後も鈴木さんが「やりたいこと」を続けていけることをかげながら応援しています。今回はインタビューを受けてくださり、ありがとうございました。心からお礼申し上げます。