十勝に移住した人を「十勝移住物語」として紹介します。「移住から定住に決意させたのは『ひと』でした」と語るのは、大阪と東京で声優・ナレーターとして活躍する中で、北海道移住を決めた八所かおりさん。北海道への移住を果たした後に、芽室町で事業を起こして定住を決めた理由を伺いました。
ー 地方移住や田舎暮らしに憧れる人は多いが、最大のハードルは仕事。ところが、八所さんは、大手企業のCMや海外映画の吹き替えなど、大阪・東京で声優・ナレーターとして活躍する中で、北海道への移住を決め、さらには定住するための事業を起こしました。
八所さんは十勝の芽室町でNPO法人 Qucurcus(ククルクス)』を立ち上げ、副代表理事をしています。ククルクスは、芽室町の地域おこし協力隊OB・OG3名で設立した法人。もともと八所さんの担当だったシティプロモーション・移住定住に関わる業務をはじめ、職業相談など、芽室町を盛り上げることに繋がる事業を実施しています。
また八所さんは、本職である声優やナレーターとしての活動も続けていて、声優とナレーションは自宅のスタジオで収録ができるため、主にオンラインで仕事を受けています。また、コロナ禍でここ最近まで開催するのが難しかった、リアルのイベントの司会業務も請け負っています。そのほか、十勝のコミュニティラジオ「JAGA」と「FM WING」の両局で出演もしています。詳しくは八所さんのホームページをご覧ください。
八所さんの生まれは鹿児島県肝付町、内之浦宇宙空間観測所のあるところで、育ちは大阪府枚方市です。F1が大好きで、フジテレビで放送していた『F1グランプリ』のオープニングナレーションを担当していた窪田等さん(「情熱大陸」のナレーション等も担当)に憧れて、ナレーターを志しました。
そんな八所さんは高校時代、「言葉を使う仕事に就きたい」と決心し、元アナウンサーが講師を務める喋り方講座のある短大に入学。在学中、講師の方のご厚意で放課後に喋り方のレッスンを受け、卒業とともに養成所に入所します。事務所にも所属し、アルバイトをしながらナレーターの仕事をすることになりました。
ところが、いただけるのはキャラクターショーの司会、ラジオのリポーターなどで、ナレーション以外のお仕事でした。事務所を移籍して、大手放送局でのラジオCM担当やFM局のニュース担当といった大きな仕事もいただきましたが、お芝居の仕事に興味を持ったことがきっかけで、31歳のときに上京。新たな事務所で外国アニメや映画の吹き替えなど、お芝居の仕事に熱中していきました。
ー 『情熱大陸』でお馴染みのナレーター窪田等さんに憧れて入ったナレーターへの道。苦労をしながらも着実に確実にプロとしての経験を積んできた八所さん。大阪と東京での順風満帆な都会生活を捨てて、北海道へ移住した理由とは……
北海道に何度か足を運んでいた八所さんですが、訪れていたのは札幌や小樽、富良野や美瑛といった、いわゆるメジャーな場所ばかりでした。ところが、ある方から「道東もいいよ」と聞いたことをきっかけに、釧路湿原を目指します。
自動車の免許を持っていない八所さんは、現地のアウトドアガイドに依頼。ところが、行程にムラがあり、終いには「時間がない」という理由から予約している宿とは違う町に降ろされる始末。「ありえない!」と憤慨しながら、別のガイドを探しますがなかなか見つからず、途方にくれる中、1本の連絡が入りました。
「キャンセルが入ったので行けますよ」。それは、予約がいっぱいで断られたガイドさんからの連絡でした。次の日、そのガイドさんは言います。「アクシデントで道東を嫌いになってほしくないんです」。
その言葉に八所さんは心を動かされ、また、その後の親切丁寧な案内や魅力あふれる場所へのアテンドもあり、様々な情報を教えてもらい、すっかり道東が好きになって帰路につきました。
その後もガイドさんに教えてもらった情報をもとに、北海道を旅行するようになった八所さんは、何度も道東に足を運ぶうちに「道東、特に十勝に住みたい」と思い始めました。
しかし、運転免許のない八所さんにとって北海道移住は、公共交通が整う札幌一択しかありません。でも、札幌でどれだけ探しても、八所さんがナレーターと並行して就きたいと思える仕事が見つかりませんでした。
悶々とする中、たまたま地域おこし協力隊という働き方があることを知り、東京・有楽町で開かれた地域おこし協力隊の説明会に参加しました。
八所さんは担当者に「十勝が良い」と伝えましたが、「テレビやラジオなどで喋る仕事もあるので、八所さんに合うんじゃないか」と、道央エリアの三笠市を勧められました。そこで十勝ではないものの、三笠市の協力隊員として2015(平成27)年11月、北海道移住を果たします。
ー 旅先での思い出から田舎暮らしを果たした八所さんですが、希望の十勝ではなく、三笠市で2年数か月暮らすことになります。そこからどうやって芽室町に移住してくるのでしょう。
三笠市では、当初聞いていたとおり、ナレーターとしての仕事もあり、地域おこし協力隊員としてのミッションを順調にこなしていましたが、どうしても十勝への未練が捨てきれません。
またもや、悶々としていた八所さん。三笠市に移住して2年が経った頃に舞い込んできたのが「十勝の芽室町で募集をしている」という友人からの情報でした。
すぐに連絡をとると芽室町の担当者の誠実さに惹かれ、面接後に何気なく、八所さんが提案した案について、「それなら、●●課と●●課が連携すればできるね」という言葉が職員から出たことが決め手になりました。役場は横の連携がとれない組織だと思っていた八所さんは、芽室町は風通しが良さそうだと感じました。
念願の十勝・芽室町への移住は2018(平成30)年5月。地域おこし協力隊は、八所さんにとっては2回目。やるべきことはわかっていました。
まずは、芽室町のことを知らなくては何もできません。町の施設を巡って、ご挨拶がてら写真を撮らせてもらったり、先輩移住者にインタビューしたり、さらにその先輩移住者から町のキーパーソンを紹介してもらったことで、数珠つなぎで多くの方々と出会い、話を聞けました。
町のことがわかったら、次に芽室町からのミッションである「移住促進」に向けたプランとアクションです。首都圏で人気が高まっている移住イベントへの参加を、八所さんは町に打診。本来の行政であれば「来年度予算で」と返されるところを、芽室町は「わかりました。予算確保は我々がなんとかしますから進めてください」と心強い一言をもらい、急ピッチで準備を進めて参加にこぎつけました。
ナレーターとしての強みが活き、地元FMラジオでの芽室紹介の時間をいただくこともできました。本来は十勝外へのアピールを考えがちですが、八所さんは地元の理解を得るのも大切と考え、芽室町の取り組みをできるだけ十勝管内外へ伝える努力をしました。
ー 念願の十勝での田舎暮らしがスタート。実は北海道に2年数ヶ月住んでも定住する気持ちにまでには至らなかった八所さんを決意させた理由とは
芽室町に移り住んだ八所さんは、すべての企画提案が通ったことには驚き、喜びました。よそ者といってもよさそうな八所さんを、町の皆さんが歓迎してくれ、その後も応援してくれています。
応援されたら期待に応えなくてはいけない、と八所さんも発奮。「町民の皆さんが、私たちの企画や掛け声に反応してくれ、自主的に「これはどう?」「こういうやり方もあるよ」「私はこれならできる」と提案まで返してくれる。これこそ芽室町の強みだと思います」と、八所さんは語ります。
八所さんは「芽室町の皆さんの心が広い」と語ります。その理由は何でしょう。芽室の基幹産業である農業は、本州とは比較できないほど規模が大きく、「農業を担う農家さんの心に余裕があるのも理由のひとつかな」と八所さんは言います。
開拓精神といえばいいのか、挑戦心の強い方々が多いのも芽室町の特徴。50~60代が前に進めば、背中を追いかける若い世代もついてきます。体力あふれる若い世代が加われば、大きなうねりに変わります。そのためのきっかけの一端を担うのが自分の役割だと、八所さんは考えています。
芽室に移り住み、1ヶ月足らずで定住を決めた八所さんは、住めば住むほど、底の知れない魅力に取りつかれていく自分がいる、と感じています。
八所さんは、芽室町に定住を決めた理由をこう語ります。「最初は、防風林だったり、景色や風土に惹かれたりしたのもあります。ですが、最後は「人」でした。人のエネルギーの強さに惹かれ、気づけばステキな方々との出会いが私の心をウキウキ、ワクワクさせてくれていることに気づいたんです」
定住の決定打となったのは、地域おこし協力隊として3年目に突入したタイミングで、ある方から「まちづくり会社を作るのはどう?」と声をかけられたこと。
田舎暮らしで重要なのは仕事だという八所さん。「自分が築き上げてきた経験を生かせるのであれば」と、ナレーターでもある八所さんは考えていましたが、今の仕事のメインはいってみれば「まちづくり」です。ナレーションの仕事が役に立つこともありますが、まさか自分がまちづくり法人を立ち上げるなんて、以前の八所さんは考えたこともありませんでした。
ー 2回目の地域おこし協力隊の任期満了を前に、「起業したらどうだろう」の一言は、定住を希望していた八所さんにとって、一筋の光が見えた瞬間でした。
八所さんが立ち上げた「NPO法人 Qucurcus(ククルクス)」について、八所さんは「何でも屋」だと言います。シティプロモーションから、移住・定住促進、職業相談などなど、芽室町の魅力を全国に広め、人口増に繋げる、あるいは関係人口を増やして、経済を発展させるためであれば何でもやる、と八所さんは力を込めます。
2022年末には個人で旅行業も登録し、さらに活動の幅を広げる予定です。
「飽きのこない町。常に立ち止まらず、変化し、進化し続ける町が芽室」だと絶賛する八所さん。ただし、課題がないわけではありません。「むしろ、課題は山積です。だからこそ飽きないし、やりがいしかありません」と、八所さんは目を輝かせます。
現在、八所さんは各地域の魅力を伝えようと作られたキャラクターで、北海道の非公式Vtuber「ユスラ」に声を吹き込みます。2023年2月からは十勝の池田町を舞台に、ユスラが同町の魅力を発信するなど、活躍の場も広がりつつあります。
芽室町は、十勝野の中央部に位置し、日高山脈を背に、大自然の懐に抱かれたまちです。基幹産業は農業。肥沃な大地と気候条件に恵まれ、小麦・てん菜・ばれいしょ・豆類・スイートコーンなどの畑作では、道内有数の生産量を誇っています。
移住というと、これまでの仕事を生かせる町と考えがちですが、八所さんのように、過去の経験を生かしながら、新たな仕事「まちづくり」を見つけて挑戦することで定住を決める人もいます。ぜひ、皆さんも定住を見据えて、3年くらいの期間の移住を考えてはいかがでしょうか。
最後に、八所さんからのメッセージを紹介します。「長い人生で3年はあっという間。駄目なら戻ってやり直しだってできます。でも、大好きな移住先が見つかれば、自分の居場所(定住先)を良くしたい、と誰でも思うはず!今は、ちょっとだけ移住を体験できるツアーやプログラムもあります。まずは観光するのもいいでしょう。芽室に来る際は、ご連絡ください! 楽しい・美味しい・おもしろいが待っているはずです」
北海道の非公式Vtuber「ユスラ」:https://www.videoask.com/fo07fby0r
鹿児島生まれ、大阪育ち。2015年移住。職業はナレーター・声優・MC。趣味は一人旅、乗馬、スノーシューハイク、寺社鑑賞、美術鑑賞。
出演ラジオ:JAGA「フライ “ど” ポテト」内「MEMURO★Information!」、FM WING「Life in Tokachi