上川大雪酒造の総杜氏、川端慎治さんは、北海道小樽市出身の酒造の職人であり、そのキャリアと情熱が北海道の地酒業界に新たな息吹をもたらしています。上川大雪酒造『緑丘蔵』からはじまった「酒蔵」から地方創生につながる物語。2020年10月には帯広畜産大学内に設立された日本で唯一の酒蔵「碧雲蔵」で総杜氏を務め、大学客員教授も兼任し、21年に函館市の「五稜乃蔵」を創設。川端さんが実現する地元に支えられ 地域に根ざす『地方創生蔵』とは……。
1969年、北海道小樽市生まれ。石川県や福岡県など5県の酒蔵で経験を積み北海道に帰郷。杜氏を務めた金滴酒造株式会社で北海道産酒造好適米「吟風(ぎんぷう)」100パーセントの酒を造り、2011年の全国新酒鑑評会で金賞受賞。その後16年に上川大雪酒造『緑丘蔵』杜氏に就任。現在は20年10月より醸造開始の姉妹蔵『碧雲(へきうん)蔵』も統括する上川大雪酒造総杜氏を務め、国立帯広畜産大学客員教授も兼任。
今から4年ほど前。2020年10月、帯広畜産大学内に設立された日本で唯一の酒蔵「碧雲蔵」。コロナ禍でのオープン後、着実に確実に十勝(地元)に根付いてきたのは、総杜氏、川端慎治さんの酒造りに対する深い愛情と専門知識と経験があったからこそでした……。
川端さんの酒造りの旅は、北海道の地で始まりましたが、彼の技術と知識は国内の多くの酒蔵で磨かれました。小樽で生まれ育ち、進学の地、石川県金沢市で日本酒と出会い、酒造りを志した川端さん。その後、福岡県をはじめとする全国の酒蔵での経験を積み重ねた後、故郷北海道へUターン。しかし、彼の故郷への帰還は、単なるUターンではなく、地元の文化と産業に対する深い敬愛と貢献の意志を表すもの。
小樽には戻らず、Iターン者として、北海道内の酒造りの旅を開始。2010年、新十津川町の金滴酒造で杜氏を務めた川端さんは、道産米を100%使用した日本酒で全国新酒鑑評会の金賞を受賞。これが川端さんのキャリアの重要なターニングポイントであり、彼の技術が高く評価された瞬間でした。
今でこそ、北海道内外で知られる上川大雪酒造ですが、川端さん曰く、「上川大雪酒造のはじまりは、上川町で三國清美シェフのイタリアンレストラン『フラテッロ·ディ·ミクニ』の運営を手がけていた当社の社長である塚原が、北海道内でも特に厳しい冬を迎える上川町に冬場のための産業を作ろうと考えたことがきっかけ。その後、三重県で休止中だった友人の酒造会社を“移転”する形で2016年11月に上川大雪酒造へと名前を変え、本社と酒蔵を移転。12月には酒類製造場の移転許可申請書を国税局に提出したわけですが、国税庁の管轄区域を跨ぐ移転申請は、これが初めてのケースだったんですよ」と前例のない手法で誕生したのが上川大雪酒造だったそう。
そして、2017年5月に酒造免許の移転許可が下り酒蔵「緑丘蔵」として酒造がはじまります。川端さんは当時について「この頃に私が杜氏に就任。クラウドファンディングを活用して資金を集めたり、いろいろなことに挑戦しました。目指したのは、地元に愛される酒ですから、良質な水(大雪山系の雪解け水が地中に浸透した天然水)と北海道の酒米にこだわることで、地元民の身体にすんなり染み込む酒です。普通の酒であり、“飲まさる酒”※北海道弁でつい飲んでしまう)を造ったんです」と振り返ります。
ちなみに、「緑丘蔵」という名称は、塚原社長の母校・小樽商大の同窓会「緑丘会」から名付けられたそう。
立ち上げから3年。クラウドファンディングを活用して資金を集めるなど、従来の方法にとらわれない試みが話題となり、成功を収め、酒蔵は地域社会に新たな活力をもたらしました。
次に手掛けたのが、十勝・帯広にある国立帯広畜産大学構内に創設した「碧雲蔵」。帯広では約40年ぶりの酒蔵で、大学構内に設立された酒蔵としては日本初。学術研究と実用的な酒造りが融合する場として設計された、またもや稀な酒蔵です。
「碧雲蔵の立ち上げに際しては、女性のみのチームとなり、全員が未経験。緑丘蔵と同様にクラウドファンディングを実施した結果、過去最高の支援額を記録したり、挑戦的な手法で取り組みました。大学という特殊な場所なので、酵母の選抜育種、酒粕有効利用に向けた研究、牛の飼料に活用するという話などなど、先生や学生らと研究ししながら『酒』そのものをブラッシュアップできる環境下は全国的も珍しいと思いますよ」(川端さん)
川端さんは、酒造りの伝統と革新が融合する方法を模索し続けています。地域の米を使った酒造り、地元の食文化との連携を重視し、そのプロセス全体が地域社会にどのように貢献できるかを常に考えています。
また、川端さんは酒造りに限らず、酵母の選抜や酒かすの有効活用など、多岐にわたる研究にも関与しており、これらの研究が酒の品質向上にどう寄与するかを大学で探求。
十勝の地を選んだ理由については「北海道の中でも十勝は食が豊かな農業王国です。そういった場所で酒蔵がないのは非常にもったいないと感じたから」。
そして、川端さんが狙うのは、碧雲蔵で造る「酒」をきっかけに、地域での消費を促進し、観光客を引き寄せるために、豊富な食材と酒類をどのように加工し、提供していくことを考えることで、新しい観光形態につなげること。
「外から来たお客様をもてなすことが成功の鍵となるのではないでしょうか。わざわざ買いに来る、飲み来る、食べに来る場所になれば勝ちです。外から認められることで、地域の自慢の品となる、地域に根ざし浸透していくことが理想。『うちの酒』と呼ばれるような地元の人々に愛される酒を造っていきます」(川端さん)
2020年5月に完成した碧雲蔵では、11月に「純米 十勝 初しぼり」という最初の新酒が十勝地方限定で発売。その後は、産学官連携で続けてきた管内の地酒プロジェクト「十勝晴れ」などを展開。
インタビュー中に、拠点はどこなんですか?との問に「一箇所に留まることはほぼないですね」と笑いながら話す川端さん。
川端さんの酒造りのIターン旅はまだ終わりません。
碧雲蔵が立ち上がるとほぼ同時の2020年8月には函館市に新会社「函館五稜乃蔵」を設立。12月に「五稜乃蔵」での日本酒の仕込みを開始。22年1月には新しく生の純米酒「五稜」を発売。帯広が40年ぶりでしたが、函館市は54年ぶりとなる酒蔵の誕生でした。
「廃校になった小学校の敷地に創設しました。帯広と同じくらいにこちらも話題となり、自治体が土地を整備してくれたり、函館高専のOB(川端さんは国立函館工業高等専門学校の客員教授でもある)や地元の方々が支援してくれました。何度も言いますが、我々の酒蔵は、大都市で有名になることを目的にはしていません。酒蔵のある場所で買えることを大切にしています。帯広に行ったときに買う。函館で飲んで美味しかったと思ってもらい、次に行った際に飲んだり購入してもらうことで、その土地に還元することで、地元の方々が『うちの酒』と言い始めるんですよ」(川端さん)
いかがでしたでしょうか。川端慎治さんはただの酒造職人ではありません。UIターン者として、その場所で頑張る人でもありません。川端さんはそれぞれの地域に根差した素材とやり方と人材をつなげて酒造りを展開する地方創生の仕掛け人。それも、ディレクターとプロデューサーとマーケターの3つの職業を一人でこなしながら、美味しい酒を造る、スーパー杜氏なんです。