十勝に移住した人を「十勝移住物語」として紹介します。みなさん、北海道の土壌は農薬を使わずに、漢方薬の元になる薬用植物を栽培できるくらい優良な土地ということは、ご存知ですか。薬用植物は、ハーブのように薬以外の活用方法もありますが、加工するのが難しく、取り扱う人は少ないのが現状です。今回は、大都市から北海道十勝に移住し、栽培から商品加工までに取り組む日向優さんをご紹介します。今年4月には陸別産の薬用植物トウキ葉を使用したクラフトジンを商品化。商品名は「北海道陸別町 天使のジン」。大注目の日向さんです!
病気の際に処方される西洋薬は、速効性はあるものの科学的な物質から作られており、明らかな症状がなければ処方されません。
一方、漢方薬は病気になる一歩手前の身体に不調を感じた際に使うことができ、植物から作られているという安心感もあります。
この漢方薬の元になるのが薬用植物です。
栽培方法が特殊な薬用植物は使える農薬が少ないという難しさはありますが、北海道の冷涼な気候であれば、寒さのおかげで虫が付きにくく、病気にもなりにくいのです。
気候が適していたとしても、栽培方法が特殊のほか、一般の農業知識以外の薬事法や成分に関する知識も必要です。
薬という専門的な知識に加え、栽培手法や気候に適した農業知識も必要な薬用植物。わざわざ、それを商品化して「ビジネスに」と考える人は少ないでしょう。そんなブルーオーシャンに挑む方が、今回の主役である日向優さんです。
※以下から一問一答
日向さん 北海道札幌市出身で、北海道大学では薬学部を専攻しました。大学卒業後は大阪の製薬会社に勤務・研究をしていましたが、30歳を超えて今後の生き方を考えていたとき、大阪で行われていた移住フェアで、北海道十勝・陸別町の担当者と出会いました。
日向さん いいえ、薬用植物と陸別の関係性は知りませんでしたが、担当の方が「とりあえず来てほしい」と言うので行ってみることにしました。陸別町は酪農と林業が基幹産業で、畑作はありません。ところが、薬用植物が育ちやすい気候だということで、町をあげて試験栽培を試みていたところだったんです。
日向さん その前から、地方移住は妻とも検討していたんです。ただ、もし移住するのであれば「自分たちが必要とされる場所に行きたいね」と思っていた矢先、陸別町との出会いがありました。
薬用植物の試験栽培を試みようとしている陸別町なら、「薬剤師の知見が生かせるのでは?」という考えが、脳裏によぎりました。そこですぐ、同じ職場で働く妻と相談し、地域おこし協力隊として陸別への移住を果たすことになりました。
日向さん 十勝は、晴れの天候が多いというイメージが強く、広島県出身の妻も十勝の青空や広大な畑が広がる景色にすぐに魅了されていました。秋が終わり、雪が降り積もることで一変する冬の景色も好きになりました。
地域おこし協力隊として働く中、定住するためにビジネスチャンスを伺っていた日向さん。まずは陸別町がはじめた薬用植物の栽培からはじめます。
日向さん いいえ、家庭菜園すらやったことがなかったので、農業については完全な素人です。様々な方から手解きを受けながら、ゼロから勉強していきました。
あれから5年。やっと本物の農家さんに、少しは近づけたかなと思えるくらいです。それでも、薬用植物の栽培法や商品化のための利用法など、一般の農業の知識以外に薬事法や成分に関する知識が必要なので、経験は生かせていると実感はしています
日向さん 陸別町が目指したのは薬用植物を漢方薬向けに育てることでした。ところが、栽培を続ける中、私の脳裏に「薬用植物をもっと一般向けに展開できたらビジネスチャンスに繋がるのでは」という考えが浮かびました。
そこで、食品として売り出すことを前提に、育てたオウギをお茶にしたり、高麗人参をキャンディにしたりして、「もっとPRしていきましょう」と周囲に声をかけていきました
日向さん すぐには上手くいきませんでした。漢方向けの原材料として育てることが目的だった薬用植物を商品化するには、マーケティングなどやることが満載でしたから。
なかなか進まず、悶々と悩む中、地域おこし協力隊としての任期満了の時期が徐々に近づいてきました。
そこで「まだここでやり続けたい。これまでの経験を生かしたい」と、私は起業を決意しました。社名は、“薬用植物を種から栽培し、加工販売までを行いたいという思いと、何もないところから新たな産業を生み出す種”という思いを込めて、『種を育てる研究所』という名前にしました
日向さん 私の決意とは裏腹に、起業のハードルは思った以上に高く、地域おこし協力隊の任期満了が目前に迫りました。
そんな時、十勝・帯広に地域の事業創発を後押ししている、とかち財団の存在を知りました。そして、同財団の支援事業や同財団が運営するコワーキングスペース「LAND」にも興味を持つようになったのです。
日向さん 思いついたアイデアを「R2年度十勝人チャレンジ支援事業(現とかちビジネスチャレンジ補助金)」に応募し、採択されました。
この支援事業に採択されていなければ、起業していなかったと思います。何より、自分のアイデアが面白いと思ってもらえて、認められたという喜びと自信にも繋がりました。これで自分の経験が生かせる、と思えたことにも感謝しています。
日向さん アイデアの提出前に、LAND(とかち財団)の方々に事業プランを相談し、プランをブラッシュアップさせていくこともできましたし、何より十勝地域のいろいろな方々と繋がることができたのも大きかったです。
時には厳しい意見も頂戴しましたが、そもそも起業経験もない自分にとっては、すべてがありがたい体験であり、その後の糧にもなっています。
また、補助金のおかげで、三種類の薬膳スープの試作といった商品開発や、テストマーケティングを実施することができました
日向さん 現在、栽培している薬用植物・ハーブ類は約20種類ほど。その中からいくつかピックアップし、ブレンドティーにして販売しています。
本来、根の部分を生薬として使うキバナオウギを葉の部分だけを使ってお茶にしたものはとても珍しく、人気商品になっています。
また精油は、アカエゾマツ・トドマツを加工して商品化するなど、徐々に商品群が増えています。マーケティングの結果を反映し、市場での商品価値を想定しながら進めています。
北海道では薬用植物を漢方向け以外で商品化し、事業展開している例は極めて少ないですし、全国的にも非常に珍しいので勝機はあると思っています。まさに、十勝は薬用植物の商品化ビジネスにとってはブルー・オーシャンです。
日向さん 北海道全域のテレビ取材もしていただき、問い合わせも増えています。最近では、十勝外の北見の大学と研究機関と一緒に薬用植物に関する研究を共同で行ったりもしています。これは、陸別が北見圏と接していることによる利点だと思います。おかげでオホーツク地域にもたくさんの知り合いができました。
私たちの活動は、十勝を超えて北海道全域に広がりはじめました
日向さん 薬用植物の商品化ビジネスはブルー・オーシャンだからこそ、すべての挑戦がビジネスチャンスに繋がっていると感じています。
日向さん 実は陸別産の薬用植物トウキ葉を使用したクラフトジンを商品化したんです。商品名は「北海道陸別町 天使のジン」。欧州発祥のジンはスピリッツ(蒸留酒)の一つで、香草や薬草をブレンドして香りを楽しむお酒です。トウキは欧州ではその学名から「天使のハーブ」と呼ばれていることから命名しました。
ほかにも、ジュニパーベリー、コリアンダーシードといった11種類を配合。さわやかな香りのなかに、ほのかに甘さがエッセンス。トウキの根は、冷え性や更年期障害などの漢方薬にも使用されているんですよ。
すでに今年の4月からインターネットで販売をはじめ、5月16日には陸別町のふるさと納税の返礼品にも採用されました。化粧箱付きで100ml(2,860円)、500ml(8,140円)。
購入は以下からhttps://tanelab.theshop.jp/
これまで誰も手をつけなかった、薬用植物の栽培と商品化の一貫ビジネス。日向さんが掲げる目標や展開案のすべてがチャンスであり、新産業の創出に繋がります。
これからもタネラボ https://tanelab.theshop.jp/・日向さんの未来を記録し続けていきます。
札幌市生まれ。2006年に北海道大学薬学部を卒業し、薬剤師免許を取得。大学院在学中の2008年にマサチューセッツ工科大学(MIT)化学科に短期留学。2011年に北海道大学にて博士(生命科学)取得後、塩野義製薬株式会社に入社。2017年から陸別町地域おこし協力隊として町の新事業支援に携わり、2021年に種を育てる研究所を設立。