今や北海道大樹町といえばロケットが代名詞。人口5,400人の小さな町で宇宙産業で地域の活性化を目指す取り組みが進んでいます。北海道大樹町とSPACE COTAN(スペースコタン)株式会社は、アジアの民間にひらかれた商業宇宙港「北海道スペースポート(以下、HOSPO)」の整備・運営を官民で一体となり推進しています。最近では、HOSPOプロジェクトには企業版ふるさと納税で22億円超えの資金が集まり新たなロケット発射場の工事がスタート。民間ロケット会社や航空宇宙関連企業の誘致が進み、約60年続く人口減少が緩やかになるなど、徐々に効果も見え始めました。
今回は、宇宙のまちづくりへの挑戦や、この取り組みが北海道や日本の宇宙産業や経済に果たす役割について、北海道大樹町の黒川豊町長とSPACE COTAN株式会社の小田切義憲代表にお話を聞きました。
大樹町長 | 1961年大樹町生まれ。大樹高校を卒業後、1979年に大樹町役場入職。企画部門で「宇宙のまちづくり」を長年担当した後、町立病院事務長、企画商工課長・航空宇宙推進室長、副町長(2019年〜)などを歴任し、2023年5月より現職(1期目)。「対話で共創 大樹を前に!」を基本理念に、まちづくりを進めている。
SPACE COTAN株式会社 代表取締役社長兼CEO | 全日本空輸(株)にて運航管理の現業を経験後、オペレーションズマニュアル等規定類作成を担当。成田空港、羽田空港のオペレーション業務部門責任者を経て、2011年から始まったLCC(Low Cost Carrier)エアアジア・ジャパン(株)初期要員として参画、2012年就航後社長に就任。2016年5月(株)ANA総合研究所入社。自治体、空港管理会社が発注する国内空港の利活性化等に関する調査・研究を担当。2020年4月より現職。
黒川氏:実は大樹町は宇宙のまちづくりを40年前から行っているんです。1984年に北海道東北開発公庫(現日本政策投資銀行)から発表された「北海道大規模航空宇宙産業基地構想」で、大樹町が宇宙基地の適地だと言われたことを受けて、翌年1985年から町として航空宇宙産業の誘致に取り組み始めました。
当時、日本版スペースシャトルと言われた宇宙往還機「HOPE」プロジェクトというものがありました。その実験場所として北海道は可能性がありそうだということで、1,000mの滑走路を整備して国の実験を誘致しようと取り組みました。結局その実験は誘致できませんでしたが、その後滑走路を活用して航空宇宙関連の様々な実験が行われるようになりました。
40年前はまだ実績や設備もない状態。人口が少ない町で宇宙をこれからの町づくりのコンセプトにしようという当時の決断は大きいものだったと想像します。私も当時は役場職員として働いていましたが、当時の町長が「これからのまちづくりは夢の一つもないとだめだ!」と国に対して誘致に奔走していたのを強く覚えています。
黒川氏:2008年にはJAXAとの連携協定も締結し、成層圏プラットフォーム実験を行うために70mの飛行船を格納できる格納庫が整備され、「JAXA大樹航空宇宙実験場」が設置されました。
JAXAは毎年大樹町で大気球や無人小型航空機の実験等を行なっています。今年は火星探査の飛行機実験が行われました。その後も、民間や大学も含めて、ロケット、無人小型航空機、空飛ぶクルマやドローン等の次世代モビリティ実験を誘致していきました。
これだけ広大な土地があり人口も密集せず、思う存分飛行の試験を行うことができる場所は日本国内でも他にないと言われます。今では認知も広がり、多くの問い合わせをいただき、年間30件もの航空宇宙実験が行われるようになってきました。
黒川氏:航空宇宙実験に適していると言われていますが、ロケットの打ち上げでも適しています。大樹町では2013年にインターステラテクノロジズ(以下、IST)という民間ロケット会社が大樹町で創業し、本社と工場を構えました。
これまでISTはサブオービタルロケットという高度100kmの宇宙空間に到達して地球に戻るロケットを7回打ち上げ、3回宇宙到達に成功しています。大樹町は種子島・内之浦に次ぐ国内で3番目のロケット発射場となりました。
小田切:昨今世界的にも宇宙ビジネスは大きな成長を遂げています。2020年の世界の宇宙市場規模は約40兆円ですが、2040年には100兆円超えの成長が見込まれていて、これはあらゆる産業の中でトップレベルと言われています。
この背景には小型人工衛星の利用ニーズの伸びがあります。人工衛星による通信・リモートセンシング(地球観測)・GPSなどの測位システムは人々の暮らしやあらゆる産業を支えています。小型人工衛星の打ち上げ需要を満たすためには、ロケットと、ロケットを打ち上げる発射場(以下、射場)が必要です。
昨年は世界では約180回ものロケット打ち上げが行われましたが、日本はあいにく政府ロケットのイプシロンの打ち上げ失敗もあり0回でした。
日本では政府のロケット打ち上げ機会は年数回と非常に少なく、国内の人工衛星も海外での打ち上げを余儀なくされています。
2023年6月に改訂された宇宙基本計画では民間活用や官民連携といった方針が示されていますが、H3ロケットやイプシロンSの政府ロケット強化は当然のこと、これらの打ち上げ需要を満たすためには米国のSpaceXのように、民間のロケット会社の発展・育成も重要です。そこで民間が使える宇宙港の必要性が増してきました。
黒川氏:ISTも次は人工衛星の打ち上げを行うためのより大きなロケットを開発する動きになり、いよいよ民間ロケット会社のための宇宙港が必要だということで、2021年にHOSPOを本格稼働させ、事業会社としてSPACE COTANを設立しました。
現在は、人工衛星ロケット用の射場「Launch Complex-1(LC-1)」とスペースプレーン(宇宙往還機)の実験のための滑走路延伸工事を進めています。
今後は、複数の企業がより高頻度に人工衛星ロケットの打ち上げをするための射場「Launch Complex-2(LC-2)」の整備、将来的には3,000m滑走路を新設する計画もあります。
3,000m滑走路は、大陸間を宇宙空間を経由して高速で移動するP2P(高速2地点間輸送)向けに整備する計画です。
今後は例えばアメリカと日本を宇宙空間を経由して約40分圏内で移動できるような世界になっていきます。
小田切:JAXAの内之浦、種子島、大樹町の3つの他にも大分、串本、下地島なども併せると現在国内に6つの宇宙港があります。民間のだれもが使える垂直型打ち上げの宇宙港は大樹町しかありません。
他は政府専用だったり、企業の専用だったり、水平型打ち上げ専用だったり。アジアに私たちのような宇宙港はないため、国内だけでなく海外も含めて20社のロケット会社から引き合いをいただいています。垂直型のロケットがロケット市場ではメインストリームなのでポテンシャルの高さはあると自負しています。
これだけロケットの打ち上げ方角である東と南がひらけている地の利に加えて、人口密集地ではなく国道も内陸にあるため保安距離を確保しやすく国道封鎖が必要ないこと、「十勝晴れ」という言葉に代表される良好な気象、日本最北にあるため航空路や海路が混み合っていないことなど複数の条件が奇跡的に合致しています。
私は天然の良港とお話しすることもあるくらいです。広大な土地がありさらに発射場の拡張性も十分にある、自由度の高い射場を建設できるという点は大樹町の強さですよ。
海外では、地理的な条件で自国にロケット発射場を作れない国も多くあります。アジアやヨーロッパのロケット会社からの引き合いも多く、アジアの宇宙港としてのポテンシャルは十分にあります。
北海道はワールドクラスの観光地ですから食も美味しく温泉やアウトドアアクティビティも豊かで生活面も恵まれています。外国人はPlay Hard, Work Hardという考えの方が多いのでこの環境は長期滞在でも十分ご満足いただけると思います。
黒川氏:昨今は、ISTが組織拡大して社員数は130名を超えるほどになりました。家族で移り住む社員の方も多いので、現在は町の人口の2%はISTの社員や家族となっています。おかげさまで60年続いた人口減少が緩やかになりました。
また、大通りはシャッター商店街になっていましたが最近は移住者による飲食店や、大手ドラッグストア店やスーパーの出店など新規開業も増えています。
また、IST以外にも人工衛星のアンテナ設置、シェアリング事業を行う宇宙ベンチャー、サテライトオフィスを設置する企業や大学が生まれるなど関連産業の集積も進みつつあります。
2022年には2万人もの宇宙関係者が町を訪れ、町の推定経済効果は5億7,900万円にもなりました。
小田切:人が集まるとビジネスチャンスを求めて新たに人が集まる動きも出てきます。私は前職ANA時代に成田空港に10年勤務して町の進化を見ていました。空港ができてお客様や外国人が増えたことで、参道には外国人も多く集まるバーやお店ができたり、町の風景ががらりと変わっていきました。大樹町も同じような変化が長い年月をかけて起こってくるであろうことが容易に予想できます。
黒川氏:大樹町は一次産業が基幹産業の町。今後も取り組みを進める上で、既存産業との調和は欠かせません。酪農では25,000頭いる家畜の糞尿の処理や臭気の課題がありますが、現在牛の糞尿からバイオメタンを生成しロケットの燃料や地域のエネルギー源として活用する計画を検討しており、現在町内の牧場とエア・ウォーター北海道による実証実験が行われています。
農業の課題解決、エネルギーの地産地消やカーボンニュートラルにもつながる取り組みとして注目をしています。これまでもロケット打ち上げでは漁業関係者や地元の方々に都度ご理解、ご協力をいただいています。お盆休みや年末年始など漁をやっていない時期に打ち上げをさせてもらっています。
黒川氏:大樹町のような人口5,400人のまちでHOSPOプロジェクトの財源を賄うのは厳しく、企業版ふるさと納税制度を活用しています。有難いことに2020年からの3年間では22億円を超える寄附をいただきました。
2022年度の寄附金額は全国2位(※)となり、地域の特色を活かした産業の育成に活用する優良事例として、2023年2月には内閣府より企業版ふるさと納税に係る大臣表彰を道内市町村で初めて受賞しました。
※内閣府地方創生推進事務局「地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)の 令和4年度寄附実績について」
小田切:企業版ふるさと納税ではロケット発射場や滑走路延伸などの施設を拡充するハード整備と、町内の宇宙関連企業をサポートするソフト支援の2本柱で寄附を募集しています。
現在整備中のLC-1と滑走路延伸工事に必要な金額としては目標11.6億円に対し9億円というところまで来ました。目標まであと一歩です。現在も引き続き寄附を募っているところです。
私たちはHOSPOを核として航空宇宙産業が集積する「宇宙版シリコンバレー」を作ることを目指しています。ロケット会社が国内外から集まり、ロケットや人工衛星の工場やサプライヤー等がやってくる。宇宙産業は最先端技術が必要ですから研究部門や大学も集まってくるでしょう。すると雇用が生まれ、人口が増え、住宅や様々なサービスも必要になります。
黒川氏:宇宙産業による地方創生や経済活性化といった未来に対して、皆様に共感いただけているのだと思います。HOSPOによる道内経済効果は年間267億円、雇用創出は2,300人、観光客は170,000人という試算もあるように、大きな経済のポテンシャルがあります。
しかし、これだけ支援が集まっているのは長年プロジェクトを支援し続けてくれた多くの応援団の方々がいるからです。北海道や、北海道経済連合会、とかち航空宇宙産業基地誘致期成会、北海道宇宙科学技術創成センター(HASTIC)などをはじめ、企業や個人を問わず、大樹町の航空宇宙の取り組みに賛同してくれている方々がたくさんいるからです。
今後さらにHOSPOの整備を進めていくにはこれからの皆様との連携をさらに深めること、また広域連携も重要となり一つの町で抱えられる範囲を超えてしまうので、北海道のプロジェクトとして発展させていただきたいと考えています。
小田切:SPACE COTANでは、HOSPOプロジェクトを一緒に進めてくれるメンバーも募集しています。多くのロケット会社と関われる、民間が使える宇宙港という新たなビジネスモデルを立ち上げていく非常にチャレンジングな仕事です。
アジア初の商業宇宙港ができれば、十勝だけじゃなく、北海道そのものが変わると信じています。興味を持っていただけた方はぜひ一緒に働きましょう!