「宇宙産業と言えばアメリカ、ヨーロッパだけの話じゃない」――そんな声が現実味を帯びてきたのが、ここ北海道十勝の大樹町です。民間にひらかれた商業宇宙港「北海道スペースポート(HOSPO)」を運営するSPACE COTAN(スペースコタン)が、国の宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「宇宙戦略基金」に採択されました。継続が認められれば、最長5年で最大105億円規模の手厚い支援を受けられる見通し。北海道の成長産業として期待されてきたロケット打ち上げ拠点開発が、ここにきて一気に弾みをつける形です。
そもそも宇宙戦略基金とは、政府が10年で1兆円を投じ、企業や大学等による宇宙技術開発を一挙に加速させる野心的なプロジェクト。その一貫で今回、「将来輸送に向けた地上系基盤技術」という技術開発テーマが設定されています。
SPACE COTANは、このテーマのなかでも「打ち上げ高頻度化等を実現する地上系基盤技術開発」に応募し、見事に採択されたわけです。これにより、複数種のロケットに対応可能な射場を実現するべく、極低温燃料管理や複数ロケットとの通信技術、高精度の気象予測などの開発を進めることになりました。
画像提供:スペースコタン株式会社
北海道スペースポート(HOSPO)は、日本では珍しい複合型宇宙港として設計されており、垂直打ち上げや水平打ち上げのロケットが同時に運用できる強みを持ちます。
いま国内外の民間企業や大学が大樹町を訪れ、ロケットや各種実験を実施。年間40件ほどの航空宇宙関連実験が行われるなど、すでに“ロケットの聖地”への道を突き進んでいるんです。
「複数ロケットをより高頻度で打ち上げられるようになれば、ビジネスとしての魅力は一気に高まる」――そう語るのは、SPACE COTAN関係者。今回のJAXA基金採択によって、ロケット射場の国際標準化や高速充填技術など、射場インフラのレベルアップが加速しそうです。
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今回の開発事業には、SPACE COTANが主導し、連携機関として岩谷技研(成層圏での気球技術を持つ)、NECネッツエスアイ(通信技術大手)、応用気象エンジニアリング(ロケット打ち上げ気象支援の実績多数)、清水建設(地上施設開発の老舗)、室蘭工業大学(地域の理工学拠点)など合計5者が参加。
いずれも宇宙や建設、気象、通信などさまざまな分野で独自の技術を有する企業・大学であり、このチームアップによって、複雑な射場技術を一気に形にしてしまおうというわけです。まさに“宇宙版シリコンバレー”を北海道に根付かせるための鉄壁布陣とも言えます。
北海道には、インターステラテクノロジズやスペースワンなど、多数の宇宙ベンチャーが集まってきました。その中心地となる大樹町は、酪農・畑作が盛んな一次産業の街としての顔も併せ持っています。
地元の人々は、従来の産業と“ロケット”の組み合わせに戸惑いつつも、次第に「宇宙ビジネスが地域に雇用をもたらし、若者が帰ってくる環境になるのでは」と期待を高めている様子。北海道の鈴木直道知事も「宇宙産業の振興は本当に喜ばしいこと」と歓迎を表明しているそう。
国の宇宙技術戦略では、2030年代前半までに年間30回のロケット打ち上げを国内で実現することがKPI(重要業績評価指標)として設定されています。
これまでは種子島や内之浦などJAXAの施設が注目されてきましたが、民間の商業宇宙港としてHOSPOが活用されれば、“複数箇所で並行して打ち上げができる”体制が整うことに。宇宙輸送の需要が世界的に高まるなかで、この目標達成が実現するかどうかは日本の宇宙競争力を左右する重大案件です。
画像提供:スペースコタン株式会社
ロケット本体の開発だけでなく、射場や地上支援の高度化が、いかに重要かを示しているのが今回のJAXA基金採択です。複数ロケットに共通のインターフェースを設けることで、打ち上げ頻度を上げられる。極低温燃料の高効率な貯蔵や高速充填はコスト削減のカギ。打ち上げ時の気象変化を高精度に予測できれば、ロケットの安全性と打ち上げ成功率が向上する……。
要するに、**こうした地道なインフラ整備こそが“宇宙ビジネスの下支え”**となるわけです。SPACE COTANらが挑む技術開発は、日本全体の宇宙産業の未来を左右しかねないと言っても過言ではありません。
大樹町は人口およそ5,300人。かつては過疎に直面し、ここまで強力に“宇宙戦略”を推し進めるとは予想しがたかった地域でした。しかし、40年近い年月をかけて航空宇宙実験の場として実績を積み重ね、2021年にはHOSPOが本格稼働。さらに2022年度には「地域特性を活かした取り組みで人口減少に歯止めがかかった」として内閣府特命大臣表彰を受けるなど、着実に成果を上げています。
SPACE COTANや大樹町は口をそろえて、「北海道に“宇宙版シリコンバレー”を作る」と強調します。射場整備や実験施設を整え、宇宙関連企業が集積し、産業が活性化する未来像。そこに今回のJAXA基金による多額の援助が加わることで、さらに勢いは加速しそうです。
業界では「5年後には射場技術が飛躍的に進み、打ち上げスケジュールが大幅に増える」という見方もあるほど。宇宙ビジネスを目指す企業にとっては、HOSPOの存在がますます魅力的に映るでしょう。
大手ゼネコンから通信大手まで巻き込み、最大105億円規模のJAXA基金を手にしたSPACE COTAN。複数ロケット対応の射場は世界でも珍しく、その成功次第では“ロケットは十勝から打ち上げる”が当たり前になる日が来るかもしれません。
政府が掲げる年間30回の打ち上げ目標へ、北海道・大樹町は華麗な助走を始めています。かつて静かな酪農地帯だった町が、“宇宙ビジネスのメッカ”として覚醒する――。その壮大なドラマは、まさに今、幕を開けたばかりです。