「正直、最初は十勝を選択肢に入れていなかったんです」
そう語るのは、2025年12月に更別村へ移住した古田英志さん。
この一言が、今回の物語のすべてを象徴しています。
地方移住。それは多くの人にとって「未知への挑戦」。仕事はあるのか、暮らしていけるのか、人間関係は築けるのか。期待と同じだけ、不安がつきまとうのも事実でしょう。
古田さん夫婦もまた、その葛藤の中にいました。
神奈川県横須賀市に住み、横浜市を拠点にPR映像制作を軸にWeb制作やSNS運用、コンサルティングまで手がける会社を経営していた古田さん。キャリアも実績もある中で、なぜ“更別村”という選択に至ったのでしょうか。
そのきっかけは、意外にも「食」でした。そしてもう一つ、決定的だったのは「人との縁」。
北海道が好きだという妻の一言から始まった流れは、想像以上のスピードで動き出し、やがて地域おこし協力隊就任へ。現在は、妻と犬3頭、オカメインコ1羽とともに、更別村で新たな暮らしをスタートさせています。
“なんとなくの憧れ”が、“確かな選択”へと変わる瞬間。その裏側には、どんな出会いと決断があったのでしょうか。
「十勝、いいね!」胃袋を掴まれた夫婦

おいしいものに目がない妻は、食の宝庫・北海道に強く惹かれ、毎月のように横須賀から足を運んでいました。
その旅に同行するうちに、古田さん自身も北海道の魅力に引き込まれていきます。
「いつか、北海道に住めたらいいよね」
そんな何気ない会話が、やがて現実の選択肢へと変わっていきました。
北海道各地を巡りながら、移住先を探し始めます。しかし当初、十勝に対する印象は決して決定的なものではなかったという。
「もう少し遊べる場所や、買い物できる環境があればいいな、と感じていました」
都市部での暮らしに慣れていたふたりにとって、十勝はどこか“静かすぎる”場所に映っていたのです。
ところが、その印象を一変させたのが、二度目の訪問でした。
帯広で食べ歩きをする中で出会ったのは、想像を超える“食のレベル”。
何気なく立ち寄った店、ふと選んだ一皿。そのすべてが、記憶に残るおいしさだったといいます。
「とにかく、ごはんがおいしい。素直に『十勝、いいね』と思いました」
その瞬間、十勝は“候補地”から“移住先”へと変貌を遂げます。
食べることが好きな妻はもちろん、古田さん自身もまた、完全に“胃袋を掴まれた”状態。理屈ではなく、体感として「ここで暮らしたい」と感じたといいます。
さらに調べていく中で、もう一つ大きな安心材料が見つかります。十勝は北海道の中でも比較的雪が少ないエリアであるという事実でした。
雪のない地域で暮らしてきたふたりにとって、「冬」は最大のハードル。その不安が払拭されたことで、移住への心理的な距離は一気に縮まります。
この二つが揃ったことで、十勝での暮らしは、憧れではなく「現実的な選択」へと変わっていったのです。
「土地決めたよ!」妻の一言で更別村に決まった

移住に向けて現地の情報を集めていたある日、妻がSNSで帯広の建築会社の投稿を目にします。新居を探していたふたりは早速、その建築会社に連絡を取りました。
最初は何もない広い場所にぽつんと一軒家があるような暮らしを想像していた古田さん夫婦。現地の不動産事情を調べていくと、そういった土地は水道が引かれておらず、基礎工事に多額の費用がかかることがわかりました。ふたりは住宅用に整備された土地を探すことに。
「『土地決めたよ!』と連絡があったんです。2025年の1月、妻は一人で現地に出かけていて、見学させてもらった場所の眺望の良さに即決したと言っていました(笑)」
現在住んでいる、日高山脈を望む更別村の一区画でした。
以前住んでいた横須賀では隣の家の壁しか見えなかった窓から、今では、雄大な日高の山並みが見えるようになりました。「最高です」と古田さんは話します。
移住に当たっては、建築会社が紹介してくれた村の様々な移住支援制度も活用しました。中でも「更別村住宅建設等助成金」を活用できたことは大きかったと言います。基本額と加算額をあわせて約100万円の助成を受けることができました。
更別村住宅建設等助成金
村内に住宅を新築・購入し、5年以上居住する方を対象とした助成制度です。新築の場合、延床面積に応じた基本額(上限50万円)に加え、移住者加算(50万円)や子育て応援加算など、家族構成に応じた加算額も受け取ることができます。
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土地を決めたら、天職が舞い込んだ

土地が決まり、更別村への移住が決まった数ヶ月後、妻がSNSのある投稿を目にします。
「SNSの投稿を見たら、更別村が地域おこし協力隊を募集していたんです。仕事内容も今までの経験が活かせるものでした。更別村への移住が決まっていたので、運命のようなものを感じましたね」
古田さんはそれまで在宅で仕事をしていたので、そのまま更別村で自身の会社の仕事を続けることもできました。それでも協力隊に応募したのは、仕事に対する思いが変わりつつあったからです。
「これまでは企業の売上や認知向上を支援する仕事をしてきました。今後は、もう一段視座を上げて、自治体や地域全体の認知を向上させることに尽力できたらと思ったんです」
地域おこし協力隊の募集を見つけて1ヶ月後の9月に採用が決まりました。新居の完成を待って12月下旬に更別村へ引っ越し、2026年1月から協力隊として勤務しています。

現在の主な仕事は、観光協会のInstagramの運用です。ただし、古田さんが目指すのは単なる情報発信ではありません。例えば飲食店の紹介では、料理や商品を紹介するだけでなく、そのお店がどんな想いで経営しているのか、どんな歴史があり、これからどこへ向かおうとしているのかを、店主の人間性やビジョンごと動画におさめて発信しています。
「そういった深い内容を面白いと思って見てもらえれば、更別村の魅力も伝わりますし、協力隊が何をやっているのかも知ってもらえると思うんです」
今までWebマーケティングやSNS運用の仕事をワンストップで手掛けてきた経験を活かし、現在は「自治体」というより大きな視座から、どのように村をPRし課題を解決していくかに挑戦していると話します。
「まずは顔を売ることが最初の半年の裏テーマです。私を知ってもらうことで、協力隊にどんなことが依頼できるのかも知ってもらいたいですね。村の人たちにとって頼れる存在に慣れたらと思っています」
犬の尻尾が上がった。更別村での暮らし、1年目

更別村での暮らしを聞くと、古田さんは真っ先にこう答えました。
「うちの犬が、変わったんです」
3頭のうち1頭は、元野犬の保護犬です。子犬の頃から保護されて人に慣れてはいたものの、横須賀では散歩中はずっと尻尾が下がったままでした。野犬のDNAがそうさせるのか、とても怖がりなところがあると言います。それが更別に来てから、尻尾がいつも上がっています。「今の環境では安心できるようです。動物は正直ですよね」と古田さんは嬉しそうに話します。
古田さんたちの食生活も大きく変わりました。横須賀ではUber Eatsや出前館など、宅配サービスをよく利用していましたが、更別にはそういったサービスがありません。自然と自炊が増え、食費もずいぶん下がりました。スーパーでは関東では考えられない格安商品に出会うことも。先日は松葉ガニが丸ごと一杯1,600円、さらに値引きされて600円になっていたと言います。
「関東だったらカニ丸ごとはそもそも売ってないんですよ。思わず買って帰ったのですが、茹でようと思ったら、このサイズ(肩幅ほど)のカニが入る鍋がうちになくて。仕方なく足を取り外して茹でたら、カニ味噌が流れ出ちゃいました。次は蒸して食べようと妻が張り切ってます」

地域のあたたかさを感じるエピソードも話してくれました。
「12月下旬に移住してすぐの年明けに、近所の有志が集まる新年会に誘っていただきました。私たちが地域に馴染めるように、会を開いてくださったんです。縁の無い場所へ引っ越す上で、コミュニティにうまく入れるかとても不安だったんですが、おかげで一気に打ち解けることができました。地元の方が多いですが、みなさんあたたかく受け入れてくださって。この場所に出会えてよかったとつくづく思いました。」
近所のみなさんに助けてもらったこともありました。移住して間もない、寒さの厳しい2月のこと。パネルヒーターをフル稼働させていたところ、灯油タンクがほぼ空になっていることに気がついた古田さん。あいにくその日は日曜日で村のガソリンスタンドは休みでした。慌ててお隣さんに相談すると、お隣さんから事情を聞いた区長がポリタンク2つ分の灯油を融通してくれたそうです。
「移住して初めて迎える冬で、灯油を補充する仕組みをよくわかっていなかったんですよね。本当に近隣の方にはいろいろと助けていただいています」
更別村への移住を考えている方へ

「私たち移住者にとって、見知らぬ土地への引っ越しはやっぱり不安ですよね。でも、受け入れる側だって不安だと思うんです。どんな人が来るかわかりませんから。だからこそ、受け身ではなく、自分から積極的に動いて村の中に入っていく姿勢が大事だと思います。挨拶をする、地域行事に参加する。まずは自分たちのことを知ってもらうことです。人としてちゃんと行動していれば、村の方たちはちゃんと受け入れてくれます。人口3,000人ほどの小さな村なので、コミュニティの繋がりはとても強い。でも同時に、外から来た人をちゃんと受け入れてくれる、懐の深い村だと感じています」
心配していた雪は「十勝なら意外と大丈夫です。北海道の中でも雪が少ない地域で、札幌や旭川ほどは積もりません。雪かきはシーズン中10回ほど。そこまで苦になりませんでした。雪道の運転も、慣れるものですね」と話します。

横須賀時代、渋滞がひどくて趣味のバイクツーリングを思うように楽しめなかった古田さん。横須賀に保管していたバイクがようやく届く予定で、十勝の広い道を走る日を心待ちにしています。釧路まで足を延ばして海鮮グルメを堪能することや、愛犬たちとのキャンプも計画中。古田さんの更別ライフは、これからが本番です。
古田 英志(ふるた えいじ)
岐阜県出身。東京都・神奈川県横須賀市を経て、2025年12月に更別村へ移住。自身の会社で企業のWeb制作・SNS運用を手がけてきた。2026年1月より更別村地域おこし協力隊として観光協会に所属。村のInstagramを通じて更別の魅力を発信中。妻と犬3頭・オカメインコ1羽と暮らす。
更別村観光協会Instagramはこちらから
https://www.instagram.com/sarabetsumura_kankou/