「子どもたちを自然の中でのびのび過ごさせてあげたい」。
そんな思いで、札幌で働きながら2人の男の子を育てる牧さんは、北海道・上士幌町での保育園留学に挑戦しました。仕事との両立や慣れない土地での暮らしに不安はなかったのか。親子で過ごした2週間の中で感じた変化や気づきを、リアルな体験談と共にお届けします。
牧さん|プロフィール
札幌市在住、働く2児の母。4歳のあさひ君と3歳のはじめ君を育てながら、リモートワーク中心の仕事と家事育児をこなす毎日。夫は東京で単身赴任中。子どもたちにいろんな経験をさせたいという思いから、2026年6月、北海道・上士幌町での保育園留学に挑戦。
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保育園留学──5年越しの決意

保育園留学という言葉を、牧さんが最初に耳にしたのは5年前のことです。
友人から「面白い取り組みがあるよ」と聞いてはいたものの、当時あさひ君はまだ赤ちゃん。現実味はありませんでした。それでも『この子が大きくなったら参加してみるのもいいな』と、心のどこかに留めていたそうです。
月日が流れ、2025年の秋ごろに再び保育園留学のことが思い出されるようになりました。
「普段から子どもにはいろんな経験をさせたいと思って、よくお出かけ先を検索していたんです。もっとできることはないかなと考えたときに、ふと保育園留学のことを思い出して……」
試しに「保育園留学」で検索してみると、参加者たちのいきいきとした体験談がたくさん見つかり、「これだ」と直感。気持ちはすぐに固まりました。
「来年、絶対に行きたい」
決意したその日から、留学先を探し始めました。
「仕事の調整」が留学の壁に

保育園留学に興味を持ちながらも、費用や仕事の都合などを理由に踏み出せない家庭は少なくありません。
牧さん一家の場合、2週間の滞在費は約40万円。それでも「子どもたちにとって価値のある経験になる」と考え、費用面への迷いはほとんどなかったといいます。
一方で、最大のハードルは仕事でした。リモートワーク中心とはいえ、週1〜2日の出社が必要な環境で、2週間の滞在をどう実現するかが課題だったのです。
「異動の多い職場なので、新しい部署でも理解を得られるかがポイントでした」
そのため、異動先が決まるまでは申し込みを見送り、状況を見守ることに。幸いにも、異動後の上司が保育園留学に理解を示してくれたことで、実現への道筋が見えてきました。
また、東京で単身赴任中の夫とは以前から「いつか行かせてあげたいね」と話し合っており、家族の合意はできていました。仕事の調整がついた後は、準備もスムーズに進んだそうです。
こうして家族と職場の理解を得ながら、牧さんは保育園留学への一歩を踏み出しました。
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上士幌町を選んだ理由

保育園留学の受け入れ先は全国80箇所以上あります。牧さんも当初は、北海道外の知らない土地で暮らしてみたいと考えていました。しかし、交通費を含めた費用負担を考え、車で移動できる道内から留学先を探すことにしたそうです。
北海道内にも、富良野や小樽など馴染みのある地域の募集はありました。それでも牧さんが重視したのは、「行ったことのない場所で暮らしてみたい」という思いでした。
広い北海道には、道民でも訪れたことのない町が数多くあります。

知らない土地での暮らしを体験したい。そんな中で留学先の候補に挙がったのが、「上士幌町認定こども園ほろん」でした。
「上士幌の保育園では日常的にどろんこ遊びを楽しんでいる様子が紹介されていました。のびのびとした環境で思い切り子どもたちを遊ばせてあげたいと思ったんです」
知らない土地で生活してみたいという願いと、ほろんのおおらかな保育スタイルに惹かれ、上士幌町を選びます。申し込み後は、受け入れ先の園の先生と面談が一度あった程度でした。
「早く始まらないかな」
そんなふうに留学の日を心待ちにしていた牧さん。子どもたちと一緒に地図を広げ、上士幌の場所を確認して過ごしたそうです。
のびのび遊ぶ──子どもたちの変化
「上士幌に来てよかった」
その思いは、到着初日に確信へと変わりました。保育園へ迎えに行くと、子どもたちが広いホールを元気いっぱいに走り回っていたのです。
「お迎えに行っても、なかなか帰れないんです。二人とも夢中になって遊んでいて」
泥遊びに夢中になる子、ブロックを組み立てる子、ホールを駆け回る子。それぞれが思い思いに過ごし、どの子もいきいきとした表情を浮かべています。
「子どもたちが、自分でやりたいことを選んで過ごせる環境なんだなと、一目で伝わりました」
楽しそうに遊ぶわが子の姿を見て、牧さんは「上士幌に来てよかった」とあらためて実感したといいます。


滞在から1週間。牧さんが最も大きな変化を感じているのは、兄弟の関係です。
普段は弟のはじめ君がお兄ちゃんのあさひ君の後をついて回ることが多く、二人で一緒に遊ぶ場面はそれほど多くなかったといいます。しかし、上士幌での生活が始まると、その様子が少しずつ変わっていきました。
「以前より会話が増えましたね。一緒にワーキャー遊んだり、ごっこ遊びしたり。兄弟の仲がさらに良くなった気がします」
変化が見られたのは、はじめ君自身にもでした。もともと慎重な性格で、新しい環境に慣れるまで時間がかかるタイプ。牧さんも、初めての土地や保育園になじめるか少し心配していたそうです。
さらに動物が苦手で、過去にはヤギの餌やりで怖がって逃げてしまったこともありました。ところが、留学中に訪れた牧場では、自ら牛に近づき、積極的に触れ合う姿を見せたといいます。
「普段なら考えられなかったですね」
そう話す牧さんの表情からは、子どもの成長を喜ぶ親としての実感が伝わってきました。

しろつめ草、松ぼっくり、そして青々とした芝生。
都会の園では考えられないほど広大なほろんの園庭では、すべてのものが遊び道具になる。自然豊かな環境が、慎重派のはじめ君の好奇心を一回り大きく育んだのかもしれません。
2週間の滞在はまだ半分を過ぎたばかり。それでも牧さんの目には、子どもたちの成長がはっきりと映っていました。上士幌での日々は、親子に少しずつ、確かな変化をもたらしているようです。

心のゆとり──親自身に生まれた変化

変化を感じていたのは、子どもたちだけではありません。牧さん自身にも、少しずつ変化が訪れていました。その一つが、地域の人たちとの交流です。
特に印象に残っているのは、毎日立ち寄る町営温泉でのできごと。地元のおじいちゃん・おばあちゃんは牧さん一家にフレンドリーに声をかけてくれます。子どもたちが脱衣所から先に飛び出していっても、誰かが遊んでくれていることもあったそうです。
そんな何気ないやりとりの積み重ねが、牧さんの心にゆとりをもたらしてくれました。すると、子どもたちへの向き合い方にも変化が生まれていきます。
「ちょっとおおらかに子どもたちを見られるようになったかなと思います。札幌での生活は、朝も帰りも本当に1分1秒を争うようなバタバタで、ずっと子どもを急かしているような感じでした」
早く早くと言いたくない。でも、言ってしまう。日々のなかに葛藤があったそうです。仕事や家事に追われる時間は、やむを得ずYouTubeに子どもたちの相手を任せることもありました。

一方、上士幌での朝は札幌とは全く違いました。
朝の光で気持ちよく目覚めると、先に起きていた子どもたちは保育園へ行くのを待ち侘びるかのように芝生を駆け回ります。都会のマンション暮らしとは違い、一軒家スタイルの滞在先では周囲へ気兼ねなく子どもたちを遊ばせられる環境です。
無邪気にはしゃぐ姿を眺めながら、牧さんはゆっくり通園の準備を進めます。そこに焦りはありません。
「YouTubeがなくても、この芝生だけでよかったんだな」
子どもたちを園に送り出したあとは、いつも通りのリモートワーク。仕事量は札幌にいるときと変わらないはずなのに、不思議と気持ちに余裕がありました。
窓の外に広がるのどかな風景。ゆったりと流れる町の時間。そして、思い切り遊ぶ子どもたちの姿。
上士幌での日常は、忙しさに追われる毎日のなかで見失いがちな「心の余白」を、少しずつ取り戻させてくれたようです。
留学しようか迷っている方へ

「留学」と聞くと、遠く離れた土地での特別な体験を思い浮かべる人もいるかもしれません。
しかし、札幌市に暮らす牧さん一家が選んだのは、同じ北海道にありながら訪れたことのなかった町、上士幌町でした。移動の負担を抑えながら、新しい環境に飛び込む。そんな選択が、家族にさまざまな変化をもたらしました。
「お金と時間が許すのであれば、絶対にやってみる価値があります。全家庭に体験してほしいくらいです」
取材の最後、牧さんはそう話してくれました。兄弟の関係の変化。新しいことへ挑戦する姿。子どもたちを見守る自分自身の気持ちの変化。2週間の滞在は、単なる旅行ではなく、家族の日常を見つめ直す時間にもなっていたようです。
遠くへ行かなくても、知らない町へ一歩踏み出すだけで見える景色がある。牧さん一家の保育園留学は、そのことを教えてくれました。