十勝・音更町に拠点をおき、地元からは「ヤマチュウ」の愛称で親しまれる企業グループ「山忠ホールディングス(以下山忠HD)」。雑穀卸を生業としてきた会社が、M&A、産学連携、起業家支援、福祉事業など、「地域創生企業」として変わろうとしています。「グループ拡大のためにも経営者を育てることが当社グループ飛躍の鍵です」と人材育成に力を注ぐ山本英明社長にインタビューしました。
1959年、音更町生まれ。株式会社山本忠信商店代表取締役。下音更小、下音更中、帯広柏葉高校、明治大学工学部卒。東海澱粉(静岡県)を経て87年、同社入社。2005年から現職。北海道農産物集荷協同組合副理事長、豆の国十勝協同組合副理事長、音更町十勝川温泉観光協会会長、音更町商工会副会長などを務める。14年に日刊工業新聞社優秀経営者顕彰「地域社会貢献者賞」を受賞。
現在の山本英明社長の代となり、祖父・父が築き上げた信頼を武器に山忠HDは七変化のごとく、挑戦を開始します。
山本忠信商店(愛称:ヤマチュウ)は、現在の山本英明社長の祖父「山本忠信翁」が創業します。
「祖父は満州からの引揚者で、1952年に一家8人で十勝へ移住して豆の卸会社として創業。その後は主軸の豆以外にも小麦・米の集荷販売を行い、それに必要な農業資材も販売してきました」(山本社長)
創業から半世紀……。
現在の山本英明社長の代となり、祖父・父が築き上げた信頼を武器に山忠HDは七変化のごとく、挑戦を開始します。
「最大の困難(挑戦)はいつでしたか」との問いに、開口一番に話してくれたのが2011年にオープンした十勝最大の製粉工場「十勝 夢mill(とかちゆめみる)」にまつわる話でした。
山本社長はこう語ります。
「当社は創業以来、生産者と消費者をつなぐことを掲げてきました。農家さんが作った豆や小麦を消費者に届け、消費者の声を農家さんにしっかりとフィードバックさせることで、農家さんは消費者の笑顔を想像しながら生産することでモチベーションや意識が変わります。ところが、小麦は、十勝産小麦を製粉工場で加工してもらい、地元に戻して売っていましたし、不作の時は戻してもらえず、余った時は大量に戻されるといった、条件が安定せずに、生産者に寄り添うことが困難であることが悩みの種でした。そこで、決断したのが自社による製粉工場の建設です」(山本社長)
業界からは「大手製粉会社がある中で、中小企業が製粉工場を作っても上手くはいかない」との厳しい声。
それでも、山本社長は創業者からの想いである「生産者と消費者のために」を貫き通すことを決めます。
建設を決めたものの困難が次々に舞い込みます。製粉工場の建設・運営のノウハウ不足や業界からの目に見えない圧力。そして、極めつけは建設費用の問題でした。
「補助金が決まり『十勝で初めてのロール式製粉工場ができます』とプレスリリースを打ってすぐでした。投資金額の半分の補助金が事業仕分けで削減。通常、途中で辞退できない補助金ですが、異例の事態に農水省からも『やめて構わない』と連絡がきたほどです。それでも役員からの後押しもあり続行を決断したものの、資金繰りが頭から離れず、眠れない毎日を過ごしたのを覚えています」と当時を振り返る山本社長。
そうした困難を乗り越え、2011年、十勝初の製粉工場「十勝夢mill(とかちゆめみる)」が完成したのです。十勝の小麦粉を十勝の企業が地元十勝で製粉。オープン式典で振る舞った13種類の料理を食べた出席者からは“おいしい”の言葉と笑顔でいっぱい。これにより、小麦を生産者から直接仕入れ、小麦粉にしてユーザーに流すことが可能となり、豆と同じように小麦でも、生産者と消費者がお互いに顔の見える距離を実現できたのです。
製粉工場を手に入れたことで、ヤマチュウの「生産者へ寄り添う」姿勢はさらに強まります。
1990年、ヤマチュウに小麦の集荷を委託した15名の小麦生産者により設立されたチホク会。その後、栽培技術の情報交換や親睦を目的だったのが活動の幅は広がり、290名以上の会員加入する大きな小麦生産者団体までに成長していました。国産小麦の25%を生産する十勝の生産者集団ですから、何かを成し遂げるには大きすぎる力です。
「チホク会を2012年12月に事業協同組合にして、6次産業化法に基づく6次化認定も得ます。6次化は、生産者が消費者の評価に直接触れられるというメリットがあります。国産小麦の巨大生産集団であるチホク会とヤマチュウが連携し、食品加工体制を担うことになったのです。その後は、レストランや流通と連携して、十勝産小麦を使ったメニューや商品を増やすことで、生産者が消費者の顔を見ることができるようになるというわけです」(山本社長)
通常の流通は、消費者が生産者を見て評価(購入)するのが一般的ですが、ヤマチュウが行っているのは生産者が消費者を見て更なる生産品質の向上へのモチベーションを高めるという逆張り。
その考えが具現化して誕生した新たな社是が『「つくる」を「食べる」のもっとちかくに』でした。
その後は、昨今のヤマチュウから発信される様々なニュースの通り、山忠HDとして繰り出される一手に注目が集まります。
『「つくる」を「食べる」のもっとちかくに』を掲げた山忠HDは、雑穀卸会社という表現では収まりません。
2021年には、大阪発祥の食パン専門店「LeBRESSO(レブレッソ)」などをチェーン展開する2社を子会社化したほか、栃木県の企業と共同出資して新会社「standard bakers(スタンダード ベーカーズ)」を立ち上げ、東京駅内にベーカリー店を2店同時出店しました。
この取り組みは、まさに山本社長が前述した、「レストランや流通と連携して、十勝産小麦を使ったメニューや商品を増やすことで、生産者が消費者の顔を見ることができるようになるんです」に沿っていました。
生産者の安定供給と消費者の顔を見ながらモチベーションを高めるために出口(販売)チャンネルを自ら持ったということです。
さらに、出口戦略と地域貢献を合わせたのが、地元の福祉事業者と共同で設立した「とかちアークキッチン」による、キッチンカー事業。同社は障害のある人たちの雇用の受け皿を目指しつつ、地場の食材などを使ったピザフリットを販売することで「つくる」を「食べる」のもっとちかくに!を実現する手段のひとつです。
そして、「アークキッチンは地域づくりの視点で手がけた福祉分野の事業です」と山本社長が話す通り、ヤマチュウは地域づくりにも力を注ぎます。
ベンチャー企業の株式会社そらと十勝での起業や事業拡大を支援する合同会社「コントレイル」を設立。2022年には出資する第1号案件に、都市圏の人材と十勝管内の企業をつなぐ求人メディアを立ち上げる北川宏さん(44)を選定。同様に、小樽商科大が開設予定の新科目「アントレプレナーシップ(起業家精神)プログラム」(実践実習)を共同開発。地域・企業などにおける革新を実行できる人材を育成していくのが狙いです。
その他、ヤマチュウの地域づくりを具現化しているのが毎年開催する地元や社員家族への感謝祭である、「山忠祭」です。今年は4年ぶりに開催されました。詳細は以下記事をごらんください。
「つくる」を「食べる」のもっとちかくに!の取り組みは止まりません。
JALグループの商社機能を持つ株式会社JALUXと戦略的ビジネス提携を結び、「十勝」の食品加工メーカーと協力し、大消費地から得られる「マーケットイン」の情報を活用。真に消費者が求める商品の企画・開発に力注ぐとともに、すでにJALの機内食で使用する加工品の提供も行っています。
また、牛とろフレークや宇宙食の製造などで知られる「十勝スロウフード」を事業継承し、さらなる商品開発力を付けるという企業努力の汗も惜しみません。
「すべては生産者と消費者をつなぐ流通網を構築し、魅力ある十勝産食品を、よりタイムリーに、より多くのお客さまにお届けすることで、十勝のさらなるブランド価値向上を図って、地域産業の発展に貢献するためです。多角経営のようには見えますが、すべては『「つくる」を「食べる」のもっとちかくに』の実践なんです」(山本社長)
これまでヤマチュウと沿革と成長、山本社長の想いを聞いてきました。最後はインタビューで、山本社長が熱く語った成長企業ヤマチュウの急務「人材育成」で締めくくります。
ヤマチュウのミッションは、『「つくる」を「食べる」のもっとちかくに』ですが、このぶれない根幹を軸に、今日のヤマチュウの企業成長があるのはお分かりでしょう。
この成長を支えるのが「人」であり、実はヤマチュウが企業理念のトップに掲げるのが「ヤマチュウは人でできている」なのです。
「新しい事業を始める時は基本的に自社のスタッフに任せます。当然、社員は大変です。その際に大切なのが『なぜこの事業をやるのか』という意味やストーリーをきちんと伝えることです。そして、本質的に変わらない普遍的な理念と、時代や自社の立ち位置によって変わるミッションとビジョンをしっかりと発信する。私が社員の進む道を整備することで、社員は『この道(社長の想い)を進めばできる』と思い、自然と動いてくれます。何より、人材育成は“未来費”ですから削減対象にはなりません。それが私の仕事だと思っています」(山本社長)
現在、ヤマチュウでは決算後の経営戦略発表会で、社員が事業構想を発表するという社内イノベーションと経営感覚を身につけるためのプログラムを実施しています。
「今年も面白い構想が発表されました。着実に確実に成長しているのがわかります。適材適所ですから全員がそうならなくても良いんです。現場が得意、事務が得意、企画が得意など、なにより、個人にも生きる上でのミッションがあるはずです」(山本社長)
「人は城、人は石垣、人は堀……」とは、戦国武将 武田信玄の名言ですが、ヤマチュウもまさに人でできているということ。
今やヤマチュウは、雑穀卸会社ではありません。農業王国 十勝(地元)の特性を生かしつつ、時代に合わせて変化する地域創生企業となったのでしょう。そして、それを支えているのが成長を惜しまない「社員」です。
「山忠ホールディングス」では、いくつかの部門で人材を募集中とのこと。山本社長が描くビジョンとミッションに共感した人は求人情報をチェックしてください。
1953年、十勝へ移住した故山本忠信氏が創業。現在の山忠ホールディングスの中核企業。89年から小麦政府売渡受託業務を始め、2011年に十勝初の製粉工場を音更町内に整備して小麦製粉事業を開始。十勝産100%の小麦粉を商品化するなど、地産地消の体制を整えた。契約生産者と連携した生産物の品質向上の他、近年は「十勝小麦・小麦粉連合」を立ち上げ、地元の小麦や関連産業を盛り上げる取り組みを行っているほか、首都圏での6次化事業、地元企業の事業継承、福祉事業、地元起業家育成のほか、シンガポールを拠点とする北海道物産の輸出事業も展開している。山本忠信商店