明治31年に岐阜県の移住団が開拓の鍬をおろして誕生した士幌町。あれから100年以上。今回の主人公「山岸牧場」も脈々と開拓の意思を紡いできた酪農牧場です。ただひとつ除けば、5代目山岸牧場は現社長を含めて全員が未経験だったこと。「その意志は本当に引き継がれているのだろうか?」という問いかけに、北出敦人現社長はこう答えます。「大丈夫です。大切なのは、酪農の素晴らしさを次世代に伝えることですから」。まさに温故知新。先祖代々受け継がれた山岸牧場は、古くて新しい牧場でした。
北海道の歴史を紐解くと、100年と少し前の開拓の話に遡ります。山岸牧場のある十勝・士幌町は、明治31年(1898年)に岐阜県の開拓団の手によって開かれました。開町から数えて103年。先人の開拓スピリッツを受け継ぎ、酪農を営む山岸牧場は同町佐倉地区で、先祖代々の土地とともに、牛たちと365日を過ごし、自然の恵みを感じながら、健康なミルクを搾り続けています。
そんな由緒正しき山岸牧場を語るうえで欠かせないのが、搾られる牛乳と地域への想いを言語化するかのように実現させている商品・施設・体験でしょう。
「私たちが掲げるミッションは酪農の素晴らしさを次世代に伝えること」と北出敦人社長が語る通り、山岸牧場では牛を育て搾乳する酪農事業のほかに、「酪農体験」、「さくら工房」でのヨーグルト作り、そして「Farm Kitchen佐倉café」での温かな食事、宿泊施設「ファームイン日和」と「プライベートダイニングha・na・re」など、酪農の素晴らしさを伝える手段を増やしてきました。
山岸牧場の酪農体験は、観光牧場とは異なる。牛たちの日常を見学したり、子牛にミルクをあげたり、寝藁のロールで思い思いに過ごせる体験。目指したのは生産現場を知ること。本物の牧場の日常を目の当たりにし、五感を使った体験から湧き上がる「誰かに話したくなるような経験」(北出社長)です。
現在、酪農体験は後述する宿泊施設「日和」に宿泊した方や学校・企業研修のみを受け入れているそうです。
牧場で搾った新鮮な生乳を使った自家製ヨーグルトは、まさにミルクの美味しさを伝えるセオリーであり、「さくら工房」で作られる生乳100%ヨーグルトは「酪農の素晴らしさを伝える」ための大きな手段のひとつ。
現社長の義母・山岸厚子さんが立ち上げたこの小さな工房は、約2年の試行錯誤を経て、シンプルでありながら豊かな風味を持つヨーグルトを完成させました。
「牛乳本来の自然のおいしさをそのまま味わってほしい」という願いが込められたヨーグルトは、無添加・無保存料!「数ある乳製品の中でもヨーグルトは生乳を余すことなくまるごと使うんです。中でもプレーンヨーグルトは搾りたての生乳と乳酸菌だけでつくった“どシンプルなヨーグルト“は、ぜひとも食べてください」(北出社長)。
さくら工房のヨーグルトは、開封時に浮かぶ生クリームの層が特徴的で、この層をかき混ぜることで、滑らかでクリーミーな食感が楽しめます。また、製造から時間が経つにつれて風味が少しずつ変わり、日ごとに異なる味わいを楽しめるのも、自家製ならではの魅力なんだとか。
牛乳本来の自然のおいしさを伝えるヨーグルトですが、工房立ち上げ後、厚子さんはさらなる想いの実現に向けて走ります。
士幌町佐倉地区の道路を車で走らせると誰もが目にする建物。ここが酪農の素晴らしさを食事のおいしさである五感・六処で伝える場所「佐倉cafe」です。
「農家が多いこの地区では、だれもが忙しく、そんな忙しさの中で、地域の人々がほっと一息つける場所である、たくさんの人が集まりたくなるような空間を提供したかったんです」(厚子さん)
そうして実現したのが「ファームキッチン佐倉café(2018年)」だったそう。
厚子さんは、酪農をやりながら40代の頃からカフェを持つ夢を抱きますが、その夢が叶ったのは61歳のとき。農村地帯で働く人々や遠方からも集まり、心を休められる場所として、佐倉caféは温かく迎え入れてくれるんです。
厚子さんは「地域の新鮮な野菜を使った料理を提供し、訪れる人々が『ただいま』と感じられるような場所にしたかったんです」と語ります。家庭料理を中心としたメニューは、地元の食材をふんだんに使い、毎日少しずつ変わる料理を提供。訪れるたびに新しい味わいが楽しめると評判を呼び、地域の人々だけに留まらずわざわざ遠方からも訪れる人気の場所へと変貌していきました。
厚子さんおすすめはカウンター席。「ここから臨める木々は開拓時代のままなんです。冬は大地に夕陽が沈むすがたを眺めることもできるんですよ」(厚子さん)
佐倉caféと同じ棟に併設された「ファームイン日和」は、1日1組限定の宿泊施設。都会の喧騒を忘れ、牧場で暮らすように過ごす時間は、何よりの贅沢。靴を脱いでくつろげるジャパニーズスタイルのこの宿泊施設は、広々としたリビングルームと居心地の良い寝室、そして静かな環境が自慢です。
日中は牧場での体験、夜は満天の星空を眺めながら、心地よいひとときを過ごしてはいかがでしょう。静かで素朴な時間が、日々の忙しさを忘れさせてくれ、心をリセットするのに最適なんです。体験を通して、酪農の素晴らしさを肌で感じ、酪農から生まれる“食”を体内に入れた夜は、すべての体験を思い返す、まさに五感で伝える手段たち。
自分自身で感じたことは誰かに伝えたいと思いませんか? ファームイン日和の隣接する「プライベートダイニングha・na・re」は2022年に完成しました。家族や仲間同士で、ピクニック気分のように楽しみながら、地元の食材でお食事をすることができます。また、天井が高いためバイオリンなどの楽器を練習する場としても最適。ほかにも、プロジェクターを使って企業や組織の研修にも使え、酪農のすべてを皆で体感しながら語り合える、ここにしかない施設でしょう。
いかがでしたでしょうか。山岸牧場は歴史ある牧場でありながら次の100年を見越し、「酪農の素晴らしさを次世代に伝えること」を具現化しています。それを率いるのが、5代目の北出敦人現社長です。
「実家は士幌町の床屋で、帯広農業高校卒業後は建設会社に10年勤めました。主に現場を監督する役割でしたが29歳のときに義父の利明さんに誘われ牧場の門を叩きました」と北出社長。
「最初の3年間は、正直なところかなり葛藤がありました。それまで人と接する仕事をしていたのが、急に黙々と作業をする日々になって、寂しさを感じることもありましたね。でも、妻がいつも僕の話を聞いてくれて、彼女がクッションになってくれたおかげで乗り越えることができました。そして、従業員が増えた4年目には、仕事の流れが少しずつ見えてきて、そこからはマニュアルを作って仕事を効率化することに力を注ぎました」と北出社長は振り返ります。
会社組織が少なく、家族経営が続いてきた酪農を含む農業界では、「言った言わない」のトラブルが多く、作業の見える化といった業務の効率化を図るケースは少なかったそう。そんな中、作業効率を図る建設現場の経験を活かし、作業手順書を整備し、誰でも同じクオリティで仕事ができるようにした北出社長。これが、牧場全体の効率化に大きく貢献していきます。「トイレ掃除一つとっても、人によって綺麗の基準が違いますから、マニュアルという基準を作ることで平準化し、誰もが安心して働ける環境を整えました」(北出社長)
これが功を奏し、未経験であってもすぐに仕事を覚え、活躍できる牧場へと変貌。気づけば、山岸牧場で働くメンバー全員が未経験者。加えて、牧場が変わり始めると同時に、前述のミッション「酪農のすばらしさ伝える」の具現化(カフェや宿)もどんどん進んでいきます。
北出社長は、長らく「経験こそが最も大切」とされてきた業界の常識を覆し、新たな酪農の世界を切り開きはじめました。
それでは北出社長はこうも語ります。
「変えられるのはしっかりとした土台があるからです。山岸牧場には、初代から続く健康な土を作り、健康なエサを与え、健康な牛を育て、健康なミルクを搾るという理念があります。やり方は変わりましたが、受け継がれてきた想いは変わりません。これからも実践し続けようと思います。続けることで、従業員、牛、そして牛乳乳製品を必要としてくれる人たちを、これからも笑顔にしていきたいからです」
5代目「山岸牧場」は何も変わっていませんでした。変わったのはやり方であって、想いや理念は100年前と一緒。むしろ、業務効率化によって「酪農のすばらしさを伝える」を実践するための一歩を踏み出せた。
「次に目指しているのは、もっと効率的で安心・安全な職場環境を整備すること。今よりも休みを増やしたいですね。あとは、一日の終わりにみんなが笑顔で『おつかれさま』と言い合えるような牧場にしたいと考えています」(北出社長)
古くて新しい山岸牧場へ見学に行きませんか?その方法がたくさんあることはもうお分かりですよね。牧場体験やカフェランチ、一泊二日の癒やしの旅行なんていかがでしょう。
進化する山岸牧場でキャリアパスを描きませんか。山岸牧場は酪農現場の仕事だけではありません。「酪農のすばらしさを伝える」ための手段が増えるほど、職種は広がります。シェフ、パティシエ、観光プロデューサー、宿泊施設経営、マーケターなどなど、色々な経験が生かせるのも山岸牧場の真骨頂です。もちろん、肝心要の牧場で牛に関わるあらゆる仕事を覚えられます。牧場で大切なのはチームワーク。個々の作業をしながらも、他の場所で働くメンバーを気づかうことで、作業全体の効率化を図るスキルを得られるのも山岸牧場ならでは。
「皆がプロフェッショナルを目指し、そんなプロたちが支えあうことで最高の酪農牧場が築き上げられることを目指しています」(北出社長)
北出社長がそうであったように。未経験だった従業員も「自分で考えて動けることの充実感を感じ、互いを認め合いながら助け合える場所が山岸牧場です」と口を揃えます。
大事なことなので、もう一度お伝えします。古くて新しい山岸牧場へ見学に行きませんか?その方法がたくさんあることはもうお分かりですよね。牧場体験やカフェランチ、一泊二日の癒やしの旅行なんていかがでしょう。