サンゴ礁と熱帯魚の“美ら海”に恵まれた沖縄県・宜野湾市から、北海道は十勝平野の北西部、「鹿を猟せし所なり……」と言い伝えが残る酪農のまち・鹿追町へ。飼養頭数約780頭を擁する「東瓜幕協和生産組合」に2024年6月、待望のニューフェイス「タマちゃん」こと玉城健さん(31)が仲間入り。すっかり牧場の牛たちと先輩方に気に入られ、頼れる戦力に昇格した玉城さんですが、実は、IT業界の花形・システムエンジニアからの異色のジョブチェンでしたーーー。(TCRU編集部)
農事組合法人「東瓜幕協和生産組合 (ひがしうりまくきょうわせいさんくみあい)」
昭和38(1963)年の創業以来、十勝北西部の鹿追町で60年以上にわたり安全で栄養豊富で生乳を生産する酪農専業農家。わずか2頭から牧場を始めるも、栄養価の高いエサを作るため「よい土」「よい牧草」にこだわり、現在では約780頭を飼育。アプリケーションによる個体の健康管理など先端技術も取り入れた運営を行う。2000年には6次産業化に先駆け牧場カフェ「カントリーホーム風景」を開業。看板商品「草原のヨーグルト でーでーぽっぽ」は全国の百貨店やホテルなど取り扱い多数。
玉城さんが幼少期から学生時代までを過ごしたのは、沖縄本島中部に位置する宜野湾市。美しい西海岸沿いにリゾートが拓け、南国ムード漂う観光資源の一大集積地です。県内の専門学校を卒業したのち、20歳で上京。都内のIT企業に就職し、主に客先に常駐するシステムエンジニアとして、ときに忙しくも充実した日々を送っていたのだとか。
「6年ほど勤務して、プロジェクトの進行管理など幅広い経験を積むことができました。でも、20代後半に差し掛かった頃に『このままIT業界しか知らずに社会人人生を終えていいものか』と漠然とした不安を感じるようになったんです。その気持ちを当時の勤め先の社長にストレートにぶつけて退職を願い出たところ、一度休職して様子を見てみようと言ってもらいました。
ちょうどその頃、テレビで見た酪農の世界に興味を惹かれていたので、ちょうどいいと思って求職サイトを通じて鹿追町の牧場に応募しました。そうしたら、『いつから来られますか?』とトントン話が進んで。まずは3カ月という期間限定で、働くことになったんです」(玉城さん)
玉城さんが初めて鹿追町にやって来たのは、一面が真っ白な雪で覆われ寒さのピークを迎える厳冬期。あえて厳しい時期を選び、酪農の本場ともいえる十勝の牧場で働いてみることで、自分自身の耐久力を知りたかったのだとか。なかなかの気概が感じられます。
玉城さんが勤務する農事組合法人「東瓜幕協和生産組合」は、酪農業が盛んな鹿追町のなかでは比較的大規模な牧場です。現在は約780頭の牛を飼育管理し、アプリケーションや人工知能による個体の健康管理も積極的に取り入れています。
「僕がいる搾乳チームには、それぞれの作業工程がひと目でわかる写真付きの社内マニュアルが導入されています。もちろん、ベテランならではの経験やカンといった要素も必要だと思いますが、作業を可視化することで牛も人間も安全に、また効率的に動けると思います。どうしても人手不足はミスを誘発する原因になってしまいますから、マニュアル化によってヒューマンエラーを減らせるのは大きなメリット。僕のような初心者でも安心して働けます」
昭和38(1963)年の創業から60年以上、3代にわたり発展を遂げてきた「東瓜幕協和生産組合」。その長い歴史のなかで培われた経験や技術を蓄積により磨き上げられたマニュアルは、酪農の次世代を担う人材の育成にも多いに役立てられているようです。
「従業員にはできるだけ長く働いてほしい。だからこそ、働きやすい環境を作るのが経営者の責務」という清水社長の方針もあり、「東瓜幕協和生産組合」では業務に必要な免許の取得も積極的にサポート。玉城さんも自己負担ゼロで、入社からわずか3カ月で大型特殊免許を取得しています。
「おそらくどこの牧場でも、普通自動車免許さえあればできる業務はあると思います。ただ、牛のベッドになる寝藁(ねわら)ロールなどの運搬には、公道を走れる大型特殊車両の免許が必須。まだ入社してから間もなく、覚えなければならない仕事は山のようにある状況でしたが、早くできる領域を広げたいと思い、会社に協力を仰ぎました。資格の取得にかかる費用を全額負担し、シフト面でも融通をきかせてくれるなど親身になってくれ、とてもありがたかったです」
「東瓜幕協和生産組合」では現在、酪農および畑作に従事するスタッフを募集中。経験・未経験を問わず、玉城さんのような北海道外からの応募者に対しては移住支援や寮完備、通勤車両の無償貸与、ガソリン代補助など手厚いサポート体制を整えています。
酪農業界では珍しく、大型連休の取得調整も可能。こうした職場のサポートにより、仕事はもちろん、初めての北海道暮らしも満喫しているという玉城さん。休日は会社が用意してくれた車でドライブを楽しみ、特に地元・沖縄では味わったことのない「天然温泉」の魅力に開眼してしまったのだとか。
「十勝に来るまでは酪農のことばかり考えていましたが、実は地元の乳製品や小麦を使ったスイーツやグルメの宝庫でもあるんですよね。こちらの牧場にもヨーグルトやソフトクリームを販売する“牧場カフェ”がありますが、うれしい誤算でした(笑)。
また、十勝に来てから、温泉巡りという新たな趣味も増えて。帯広市内や十勝川などさまざまなところでモール温泉に浸かり、日々の疲れを癒やしています。次の休みはどこへ行こうかと考えるのも楽しく、プライベートが充実しているからこそ仕事をがんばれるのかもしれません」
酪農の世界に本格的に飛び込んでまだ4カ月。最後に仕事のやりがいと、どんなところに面白みを感じるのかと尋ねてみました。
「動物に関わる仕事全般に言えることだと思いますが、やはり命を預かる仕事なので、動物が好きという気持ちにプラスして、『これは仕事だ』という意識を持つことが必要だと思うんです。
牛ってわりとデリケートな生き物なので、乳量に影響するような病気やケガをしてしまうこと、さらに自分が育ててきた牛を見送る……という経験もあります。だからこそ日々の体調管理は手を抜けないし、まだまだ若輩者ながら真正面から向き合っていかなければなりませんよね。酪農の現場でいろんな役割を担えるよう、スキルアップを図っていきます」
1993年、沖縄県出身。専門学校を卒業後に上京し、システムエンジニアの道へ。クライアント企業に出向し、システムの保守・運用などを手掛ける。IT業界を退社したのち一度は沖縄へ帰省するも、テレビ番組で見た酪農の世界に憧れを持ち続ける。2024年6月、念願叶って農事組合法人「東瓜幕協和生産組合」の一員に。職場でのニックネームは「タマちゃん」。