新得町にある「北広牧場」は、設立から30年を迎えたいまも「まだまだ変わっていきたい」と挑戦を続けている牧場です。専務取締役の若杉真吾さんは、自分たちの牧場を『30年目のベンチャー企業』と笑いながら表現します。
牛乳を搾って出荷するのが酪農の仕事──そんなふうに思っている方も多いでしょう。しかし、北広牧場では、生乳を生産するだけでなく、製造や販売まで自分たちの手で担う「6次産業化」を進めてきました。現在は第2牧場「REKA」を立ち上げ、未経験からの「放牧」導入や、日本で2社しか取り扱いのない水牛の飼育にも挑戦するなど、開拓精神のあふれるプロジェクトが動き始めています。
なぜ北広牧場は、ここまで果敢に変わり続けようとするのか。その背景にある課題意識や、水牛プロジェクトの現在地、そしていま新しい仲間を求めている理由について、若杉さんの言葉からひも解いていきます。
1983年生まれ。帯広農業高校、酪農学園大学(江別市)で畜産・酪農を学ぶ。大学卒業後、研究室の教授の紹介をきっかけに豊頃町の牧場へ就職。2007年には実家の農場を含む4つの牧場が統合された「北広牧場」へ入社し、2016年に取締役、2022年に専務取締役に就任する。趣味は映画鑑賞。

課題を放置せず変化を選び続けてきた北広牧場を、若杉さんは『30年目のベンチャー企業』と表現します。
牧場の規模が大きくなる一方で、若杉さんには10年ほど前から違和感が芽生えました。
「法人化してからだいぶ経っているのに、感覚はずっと家族経営の延長線上のままだったんです。新しく人を雇ってもなかなか定着しない時期が続きました」
そこで就業規則や「成長支援制度」を整え、新人教育やビジネススキルを育てる仕組みを導入。家族経営の感覚から「人を雇用し、育てる会社」へと舵を切りました。
同じ頃、生乳を使った製品の製造から販売までを自社で行う「6次産業化」にも踏み出します。

「きっかけは、2016年に十勝を襲った台風による水害です。当時自分たちがつくっていたのは『牛乳』という原料だけで、自分たちの名義で届けられる商品がありませんでした。その状況がすごくもどかしくて、乳製品工房をつくる決断をしました」
当時、製造や販売の経験者はいませんでしたが、外部の知見も借りて試行錯誤を重ね、ソフトクリームや飲むヨーグルトなど、少しずつ商品を増やしていきました。

「この3〜4年は、酪農業界にとって試練の時期でした」と、若杉さんは振り返ります。
コロナ禍、円安、戦争、天候不順──。消費は落ちているのに、飼料や肥料などのコストは上がり続ける厳しい状況でした。
「これから先、今と同じやり方だけで生き残れるのか」
自問自答を重ねる中で、若杉さんは新たな選択肢を探り始めます。
地域の経営者向け研修への参加も、その一環でした。課題は「自分たちが目指す未来の牧場の絵を描くこと」。若杉さんが描いたのは、生乳の生産だけにとどまらない、循環型酪農に取り組む牧場の姿でした。

その絵を役員全員で囲みながら議論を重ねるうちに、新たなアイデアが生まれました。
「新得町には、使われていない牧場がある。そこで、これまでとは違うスタイルの酪農を試してみてはどうか」
一人の役員の声をきっかけに、第二牧場の構想が現実味を帯びていきます。ここから北広牧場は“変化のフェーズ”へとギアを入れていきました。

「REKA(レカ)」と名付けられた第二牧場は、“実験室”のような存在だと若杉さんは話します。本牧場とは異なるスタイルとして「放牧」を採用。牛が草を食べ、フンが土を豊かにし、また草が育つ──自然のサイクルを酪農を続ける力に変える仕組みは、北広牧場が思い描く形です。
放牧は、飼料や肥料のコストを抑えられるだけでなく、牛に無理をさせない分、長生きさせやすい利点があります。一方で乳量は舎飼いより多くありません。それでも若杉さんは「これからの時代に合う酪農のスタイルになりうる」と考えています。

しかし、従業員全員が放牧の初心者。「放牧の経験が豊富な生産者さんのもとへ見学に行ったり勉強会に参加したりしながら、学びを重ねています」と若杉さんは話します。REKAの現場では「手探りでの牧場づくり」が進行中です。

REKAでは、新たな取り組みとして水牛の飼育を始めています。日本で水牛を飼育している牧場は、北広牧場を含めてわずか2カ所しかありません。

きっかけは、2024年のクリスマスイブでした。
以前から水牛に興味を持っていた若杉さんのもとに「十勝で離農する牧場に水牛がいるらしい」という知らせが届きます。思いがけない知らせに背中を押され、若杉さんは現地視察に向かいました。

水牛飼育の大きなハードルの一つは、日本では水牛が“牛”として扱われず、乳業メーカーが生乳を買い取らない点です。自分たちで搾乳から加工、販売まで行わなければ、事業として成り立ちません。
「もし自分たちで加工・販売の体制を持っていなかったら、手を出さなかったと思います」
先に6次産業化を進めていたからこそ、このチャンスをつかめたのです。REKA立ち上げ直後で牛舎に余裕があり、水牛を受け入れられる環境が整っていたことも追い風になりました。
そして何より「水牛が新得の新しい価値になるのではないか」という若杉さんらしいチャレンジ精神に火がつき、視察から半年後の2025年夏に、およそ20頭の水牛を受け入れる決断をしました。

水牛プロジェクトでは、製品開発の面でもチャレンジが続いています。
2026年1月に帯広・札幌で開催された「ミルク&ナチュラルチーズフェア」では、加工しやすい水牛ヨーグルトを試食として提供し、お客さんの反応を確かめている段階にあります。
同時に、現在最も力を入れているのが水牛モッツァレラチーズの開発です。日本で一般的なモッツァレラチーズは牛乳製ですが、本来は水牛の乳から生まれた食品でもあります。

水牛モッツァレラは乳脂肪分が高く、ひと口かじるとジュワっと広がるジューシーな食感が特徴です。
一方で、原料となる水牛乳は日によって成分の変化が激しく、チーズの品質を安定させるのが非常に難しいそうです。ピザやパスタ、サラダなど、さまざまな料理を引き立てる新得発の水牛モッツァレラが食卓に並ぶ未来を思い描きながら、若杉さんは試行錯誤を続けています。

REKAや水牛プロジェクトなど新しい取り組みが広がるなか、北広牧場ではこれまで以上に「人の力」が必要になっています。今回は、乳製品工房で働く専門スタッフを中心に募集します。
工房では、ヨーグルトやチーズなどの乳製品製造に加え、出荷・在庫管理、イベント出店のサポートまで幅広い仕事に携われます。水牛を使った新商品の開発にも、一緒にチャレンジしてくれる仲間を迎えたいと若杉さんは考えています。
応募にあたり、酪農や食品製造の経験は必須ではありません。実際に牧場では、普通科出身のメンバーも活躍しています。業務ごとにマニュアルを整備しており、専門知識がなくても仕事を覚えやすい環境です。
新卒採用を本格化させたタイミングで「成長支援制度」も整えました。酪農や製造の技術だけでなく、あいさつや報告・連絡・相談といった社会人としての基本、ビジネススキルも学べる場にすることで、「ここが最初の会社でよかった」と思ってもらえる職場を目指しています。

最近は、食事のたびに「これは水牛と合いそうだな」「水牛のチーズならどう活かせるかな」と考えてしまうほど、頭の中は水牛でいっぱいだという若杉さん。その先に思い描いているキーワードが「水牛のまち・新得」の構想です。
新得町といえば、多くの人が思い浮かべるのは「そばのまち」。そこにもう一つ「水牛」という新たな顔を加えたいと若杉さんは考えています。REKAの放牧場で育つ水牛は、ミルクも肉も骨も、さまざまな形で新しい価値につながっていきます。

「解体したあとの骨を町内のラーメン屋さんにお願いして、水牛骨ラーメンを一緒に作れたら面白いですよね。まだ構想段階なんですけど」そう話す若杉さんの表情には、ワクワクがにじみます。
REKAの誕生と水牛プロジェクト。北広牧場の挑戦は「牧場の中」にとどまらず、「町全体」へと静かに広がりながら、「水牛のまち・新得」という未来の景色に、少しずつ輪郭を与えつつあります。その一歩を、あなたも一緒に描いてみませんか。