北海道・帯広市を拠点に、冷暖房・空調機、管・継手等の管工機材の卸売、業務用温水器(ボイラー)のメンテナンスや自動制御機器の設計・施工・保守を手がける「株式会社道東オーテック」。2026年5月28日、同社の社長に就任したのが佐々木拓也さんです。
「私でいいのだろうか」
前社長の木村博さんから社長を継いでほしいと打診されたとき、佐々木さんの胸に浮かんだのは喜びよりも戸惑いでした。
入社以来28年、歩んできたのは経理・総務の道。現場経験がほとんどない自分に、社長が務まるのか不安を感じていたといいます。
就任から約4ヶ月。社員とどう向き合い、どんな会社を作ろうとしているのか。佐々木さんのこれまでと、社長として歩き始めた今に迫りました。
【プロフィール】佐々木 拓也|ささき たくや
1973年生まれ、帯広市出身。北海道帯広南商業高等学校を卒業後、大原簿記情報専門学校で会計を学ぶ。帯広市内の会計事務所に約5年間勤務した後、1998年に株式会社道東オーテックへ入社し、経理部の仕組みを整えた。2026年5月28日に代表取締役社長に就任。趣味はYOSAKOIソーラン。
道東オーテックとの出会い

道東オーテックは、1976年に東京に本社を置く「株式会社オーテック」の子会社として、帯広市に設立されました。当時の社名は「道東大石商事株式会社」です。
1998年4月に現在の社名へ変更し、2026年に50周年を迎えました。
佐々木さんが同社と出会ったのは、前職の会計事務所時代です。経理業務のサポートで何度か同社を訪れていました。
やり取りを重ねるうちに、当時社長だった切越義孝(きりこし・よしたか)さんから「うちで働いてみないか」と声をかけられます。
佐々木さんはありがたい誘いだと感じましたが、そのときは会計事務所を辞めるつもりはありませんでした。
しかし、それから半年ほどして佐々木さんは会計事務所を退職することに。
仕事探しを始めようとしたとき、切越さんの言葉を思い出し「以前いただいたお話は、まだお願いできるでしょうか」と、自ら電話をかけました。
切越さんから「すぐにでも来てほしい」と返事をもらい、佐々木さんは1998年に道東オーテックへ入社。切越さんが経営のかたわら担っていた、経理業務を引き継いだのです。
運転手としての同行から始まった、親会社とのつながり

経理・総務畑の佐々木さんが、なぜ設備会社の社長に選ばれたのでしょうか。前社長で、現在は会長を務める木村さんから、はっきりした理由を聞いたわけではありません。
それでも、佐々木さんには思い当たることがありました。
「長年、株主総会に出席するなど、親会社のオーテックとお付き合いを続けてきたことが、大きかったのかなと思います」
親会社との関わりは、入社した頃から始まっていました。
「若い頃は切越社長の運転手として同行し、会食にも同席していました。最初は烏龍茶片手に参加していたんですけど、そのうち運転手は卒業し、お酒の入ったグラスを持てるようになりました。しだいに親会社の方とのつながりも深まっていきましたね」
入社から2年後の2000年、親会社が株式を公開(日本証券業協会への店頭登録)した際には、子会社として経営指針や職務規程を整える作業にも携わりました。
親会社との関係づくりや社内の体制整備。佐々木さんは経理・総務を軸に、会社の運営も支えてきました。
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経理出身の社長──強みと弱み

佐々木さんに強みを尋ねると、迷いのない答えが返ってきました。
「帳票の数字を読み解き、会社がどんな状況にあるかをつかむ力は、経理畑を歩んできたからこその強みだと思います」
たとえば、手元の資金が増えているのに売上が増えていないとき、佐々木さんは「まだ完成していない工事が多いのかな」と見当をつけます。
道東オーテックでは、工事の途中で代金の一部を受け取っても、工事が完成するまでは売上に計上しないためです。
一方、弱みとして挙げたのは、現場経験がほとんどないことでした。お客様との会話で工事の専門的な話になると、答えに詰まることもあるといいます。
「どうやって計画を立てて、部材がいつ入って、どうやって工事を進めるのか。現場の流れがまだつかめていないんです」
弱みを補うため、佐々木さんは現場に足を運ぶことも大切にしたいと考えています。
「『社長が来ると緊張するから来ないでくれ』なんて言われてしまうこともありますね」
現場社員とのやり取りを、佐々木さんは笑いながら話してくれました。
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「皆な仲か良く」に見出した、傍(はた)を楽にする働き方

道東オーテックの社訓は、「皆な仲か良く」(みんななかよく)です。佐々木さんは初めて聞いたとき、「めちゃめちゃ子供っぽいな」と思ったそうです。
ただ、切越さんから働くことへの考え方を教わり、社訓の受け止め方が変わったといいます。
「働くとは、傍(はた)にいる人を楽にすること。そうすることで、自分も楽になる。だから助け合っていくことが大事なんだ」
佐々木さんは今、社訓の「仲か良く」について次のように解釈しています。
「仲か良くとは、馴れ合うことではありません。一人ひとりが得意なことを生かして誰かの役に立ち、自分も支えられることなんです」
助け合いを大切にする姿勢は、社長としての仕事にも表れています。佐々木さんは現場について学びながら、専門的なことは社員に任せています。
「営業や施工について、担当者以上に詳しくなろうとは思っていません。何か問題が出たときに、一緒に考えることを大切にしています」
社訓「皆な仲か良く」が、今の佐々木さんの働きぶりに重なります。
家族4人、YOSAKOIソーランの舞台で

プライベートで佐々木さんが長年打ち込んできたのが、YOSAKOIソーランです。家族4人ともYOSAKOIソーランのチームに所属しています。
佐々木さんは息子さんとともに「Excla!matioN」(通称・エクラ)に所属。踊り手の後方で大きな旗を振る「旗振り」を担当しています。
奥様は佐々木さんが以前所属していたチームで、娘さんは札幌のチームで踊っています。

毎年6月のYOSAKOIソーラン祭りには、家族4人とも参加します。会場で顔を合わせることも、楽しみの一つです。
YOSAKOIソーランの魅力は、「みんなで一つのものを作る楽しさ」にあると佐々木さんは語ります。
「YOSAKOIソーランの活動に求めているものは、それぞれ違うんです。大賞を目指したい人もいれば、自己表現がしたい人、友達ができればいいという人もいる。それでも、チームとして共通の目標が生まれると、一体感が出て雰囲気も良くなる。仲間と挑戦する過程に面白さが詰まっているんです」
YOSAKOIソーランを語る佐々木さんの言葉には、「皆な仲か良く」にも通じる考え方がにじんでいました。
社員が働きやすい環境を目指して

これからの道東オーテックを、どんな会社にしていきたいか尋ねると、佐々木さんは少し考えてから口を開きました。
「これから10年、20年、その先も会社を続けていくために、みんなが働きやすい環境をつくっていきたいと思っています」
福利厚生の充実も含め、どのような取り組みができるか、現在は模索しているところです。
そんな中、自ら決断する立場になったことに、責任の重さを感じています。
「最近思うのは、自分が最初に判断する人間なんだなということです」
社員から上がってくる意見や提案を受け、実行するかどうかを決める。社長としての日々には、大きなことから小さなことまで、さまざまな決断があります。
就任から約4ヶ月。働きやすい会社にするために何ができるのか。佐々木さんは、社長としての仕事を一つずつ重ねながら、その道筋を探っています。