「運転手不足」と「利用者減少」で厳しい路線バス業界の中で、2011〜2019年の9年連続増収を果たし、スマートバス停、マルシェバス、運送会社とのコラボなど、次々に手を打つ「十勝バス」の野村文吾社長にインタビュー。十勝バスが目指すのは、バスを活用した複数拠点を発展させる“まちづくり”。ただし、拠点は単なるバスターミナルではなく、野村社長が描く拠点間連携とは、ヒト・モノ・カネを繋げるローカルハブ構想でした。(取材・記事 | SUMAHIRO編集長 北川)
十勝バス株式会社 代表取締役社長。1963年帯広市生まれ。函館ラ・サール高、小樽商科大を卒業後、国土計画(現西武ホールディングス)に入社、企画宣伝に携わった。98年、父の文彦氏が経営する十勝バスに入社、2003年から社長就任。帯広商工会議所副会頭や十勝地区バス協会会長、道東道とかち連携協議会会長など公職多数。
全国的に路線バスの経営が厳しいと言われる中、驚異的な「9年連続増収」を達成した十勝バス。これはただの成功ではなく、前例のない地方バス会社の復活の物語であり、多くのメディアで取り上げられ、ミュージカルにも昇華されたほどの大きな話題となっています。
2026年で創業100年を迎える十勝バスは、十勝管内の1市13町村をカバーする地域密着型のバス会社。その主力事業は路線バスでありながら、大手旅行会社のお客様評価で「日本ナンバーワン」という栄誉に浴しています。さらには、ジャンボタクシー部門、介護部門、そして子どもたちを対象とした学童保育所まで展開しているんです。
しかしその背後には、40年間で利用者が5分の1まで激減したという深刻な問題が潜んでいました。モータリゼーションの進行やバス会社のサービスの低下が重なり、一時は存続さえ危ぶまれる状況となった十勝バス。
そんな中、十勝バスの野村文吾社長が打ち出したのが業界初となる「戦略的な営業強化」でした。
「バスの時刻表や路線図を停留所の周りの家庭を一軒一軒訪問しながら手渡しで配布していきました。すべては『行き先や運賃がわからないから乗らない』との声からでした。顧客の声を直接取り入れ、新しいサービスや商品を生み出す試みは、多くの顧客からの支持を集め、利用者が増加するきっかけとなったんです」(野村)
さらに「日本初」の路線を絞った目的別時刻表や、日帰り路線パックなどの企画商品の導入は、利用者をさらに増やす要因に。地道な努力が功を奏し、2010年に2,100人だった「日帰り路線バスパック」の利用者は2015年には5,000人へと増加。
2008年からはじめた営業強化の取り組みは、2011年には40年ぶりの前年比「0.5%増」を達成。総計では4.3%増という成果を収めました。これは、地方のバス会社としては全国初の快挙だったそう。
野村社長は、十勝バスの変革を通して、「常識を疑い、新しいことに挑戦することの大切さ」を語ります。
十勝バスの奇跡は、軌跡として「黄色いバスの奇跡」(総合法令出版 / 吉田理宏著)にまとめられると、ミュージカル「KACHI BUS」に……。
倒産寸前だった会社「十勝バス」を立て直すために立ち上がった一人の男を演じるのは、TEAM NACSのリーダー森崎博之さん。十勝バスの社員にはアップダウンの竹森巧さん、阿部浩貴さん、先代社長として帯広出身の俳優小野寺昭さんなど、北海道出身のキャストが名を連ねます。
「ミュージカルのチケットは、森崎さんが何度も帯広に入り、企業や家を歩いて周ったことで、会場の帯広文化ホールが満員となりました。森崎さんが足で稼いたムーブメントを忘れることはありません」と振り返る野村社長。
既成概念や前例に囚われない野村社長の挑戦は、森崎さんの行動力という後押しを得て、十勝から日本の業界全体へと波及していきます。
バス会社として復活を遂げた十勝バスが出した答えは、「さらなる地域の発展」でした。
変化する十勝バスについて一問一答をどうぞ!
─地域公共交通優良団体として国土交通大臣賞を受賞されました
野村:我々の奇跡は、単なる業績回復ではありません。人口減少が進む中での地域公共交通の大切さへの警鐘を鳴らすことに繋がり、大臣表彰がきっかけに、多くのバス事業者や企業から視察の申し出があり、国のモデルとしても認識されるようになりました。
─十勝バスの実績が地域交通政策を変えたという声も
野村:最も大きな成果は、当時の太田国土交通大臣が、全国9つの運輸局に総合的な交通政策の部署を設置してくれたことです。地域交通が地域経済を支える「基盤的社会インフラ」であるという認識が高まったことも嬉しかったです。
─自動車社会の進展は日本経済を成長させましたが移動手段の選択を狭めました
野村:自動車産業の成長が日本経済を支えた実績は素晴らしいことですが、自動車の利便性の高さが、移動手段の選択肢を狭めたことも確かです。人口減少や高齢化社会が訪れ、免許返納や自家用車を運転できない交通制約者(高齢者、子ども、観光客など)の移動手段を維持することの大切さが伝わったのではないでしょうか。
─欧米のように地域を支える交通は公共政策であるという認識ですね
野村:地域交通は、まちづくりと直結し、重要な基盤インフラです。社会課題解決・まちづくりと一体で進めることで「共創」が生まれ、地域の活性化やカーボンニュートラル実現にもつながります。
─モビリティハブ※という新しい概念の誕生ですね
地方都市である栃木県宇都宮市の交通政策が良いモデルではないでしょうか。後述しますが、我々(十勝バス)も運輸・建設業者、食品小売業者などで「十勝圏公共交通共創プラットフォーム」を形成して、帯広市の大空地区で実証プロジェクト(国土交通省採択)を実施しています。
※鉄道やバス等の基幹的な公共交通の乗降場周辺や移動が不便な地域において、シェアリング型の移動サービス(カーシェア、自転車シェア、電動キックボード等)の利用拠点を集約する試みであり、欧州から始まり世界的に多様な取組・検証が行われている
─マルシェバスや宅配・混載バスもその一環ですね
野村:マルシェバスは全国初の試みで、改造した路線バス車内に店舗スペースを設け、地元百貨店の藤丸が食品や生活雑貨を販売するプロジェクトです。大空団地線で実施しており、地域の活性化や交通環境の整備に取り組んでいます。他にも帯広市大空地区でヤマト運輸から業務委託を受け、宅配業務を開始したほか、帯広-広尾間で、佐川急便の荷物を運送する客貨混載バスの枠組を超えた「人流と物流の融合」にも取り組みもはじめています。
─2024年問題への対応にも繋がっていますね
野村:乗車人数が少ない路線でも、荷物を載せることで収益性を上げる狙いがあります。バス業界もですが、トラック業界はドライバー不足で困っているので、物流事業への参画を通して、地方路線の維持につなげたいと考えています。
※働き方改革法案によりドライバーの労働時間に上限が課されることで生じるドライバー不足による問題
─まさに共創!
野村:前述のすべての取り組みは、「人流と物流の融合」といった新しい形態のバス車両の製作にも繋がりますし、そのために日野自動車(自動車メーカー)さんもプロジェクトに参加しています。マルシェバスの運行は、地域住民の支援にもなります。人々が集まれば、拠点となります。そこには、飲食店やその他のサービスも生まれるでしょう。そうした拠点を増やすことで、拠点と拠点を結ぶバス利用者の増加にも繋がります。
─モビリティハブ※というよりも帯広は公共バスを活用したハブですね
野村:仰るとおりです。既存路線を持つバスを活用して複数拠点を繋げて発展させる“まちづくり”をイメージしてください。
※鉄道やバス等の基幹的な公共交通の乗降場周辺や移動が不便な地域において、シェアリング型の移動サービス(カーシェア、自転車シェア、電動キックボード等)の利用拠点を集約する試みであり、欧州から始まり世界的に多様な取組・検証が行われている
─ヒト・モノ・カネを繋げるローカルハブ構想のようなイメージでしょうか
野村:そうですね。少子高齢社会は人口減少へと繋がります。自動車保有者が減り、交通制約者も増えれば、公共交通の必要性が高まりますが、民間企業頼みでは維持できません。人々が集まる拠点で、新たなまちづくりを進めて、それと同時に交通政策を考える時代が到来しました。人々が集まる拠点(ハブ)と拠点を繋げることで、新時代のヒト・モノ・カネの流動性が生まれるんです。
─バスターミナルではなく、ターミナルも付随する拠点(ハブ)=“まち”ですね
野村:まさにそのとおりです。かつて、まちとまちを繋げた鉄道の駅前には、ヒト・モノ・カネが集まりました。これからは、まちの中に、さらにローカルなハブ(拠点)をつくり、ハブとハブをつなぐのが、公共交通の役割となるのです。
人口減少による交通サービスの維持が危ぶまれる中、十勝バスはスマートバス停やマルシェバス、さらには運送会社との新たなコラボレーションなどを進めます。取り組みの背景には、単なるバス運行に留まらず、複数の拠点を発展させる新しい“まちづくり”のビジョンがありました。しかし、この拠点は通常のバスターミナルとは異なり、地域のヒト・モノ・カネを繋げるローカルハブとしての役割を果たすことを期待されています。野村社長の夢は、地域の企業や人たちと共創しながら、バスを活用した連携を通じて、都市の新たな形を引き出すこと。十勝バスの進む先には、十勝・帯広の未来が待っています。